「何かあったの?」
ブラックのコーヒーを出しながら佳代が聞くと、左近はため息をついた。
「何もないさ・・。だからわからない」
「ここには、来ていないわ」
「そうか」
左近はコーヒーを飲むと、店を出て行った。
いつもどおりの生活だった。
どの程度までなら綾女が応えられるか左近は知っていたから、無理に求めることはしなかった。
優しく可愛がると、綾女は気持ちよさげに応え、ふたりで昇り詰めた。
そう、変わりなかったのに。
腕の中に眠る綾女。確かにいたのに、今朝は姿を消していた。身の回りのものも何もなくなってはいない。綾女だけが消えた。
「綾女・・」
愛しい者の名を呼ぶ。だが、それに答える声はない・・・。
「ミィ」
草むらから小さな声がする。だが左近は気づかず、歩いていってしまう。
「ミィ、ミィ・・・」
左近を追うように現れたのは、小さな黒ネコ。
「ミィ・・・」
悲しげにもう一度なくと、黒ネコは左近を追った。
歩きから小走りに。そしてダッシュで追いかける。安土山へ向かう道路を渡りきったところで気づいた左近が振り向くと、黒ネコが猛然とダッシュしてくる。
信号が赤に変わる。
「あ、あぶないっ」
左近の声よりも早く黒ネコは急ブレーキをかけ、止まった。
「なんだ、あのネコ・・・」
車は通らないが、歩行者用の信号は赤のままだ。どうやらネコは信号が変わるのを待っているらしい。キョロキョロと見回し、押しボタン式の信号であることに気づくと、ボタンまで飛び上がる。だが所詮ネコ。ネコはボタンを押せない。
「ミィ」
ネコはないて左近を見た。
「これか?」
左近はネコらしからぬ動きのネコにあっけにとられながら、押しボタンを押した。
やがて信号が変わると、ネコは左近が思ったとおり、左右を見て道路を渡ってきた。
- 時を超えた絆
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