安土の戦いで、左近はひどい怪我を負い、綾女は妖魔の血を浴びた。
妖刀の加護があるとはいえ、綾女が冒された妖魔の力は、次第に大きくなりつつある。
「う…」
焼けるような痛みが腕に現れた。武具を外すと、肌に小さな蜘蛛のような痣がひとつ。妖刀をかざすと痛みと痣は消えた。
「綾女、大丈夫か」
息も絶え絶えの左近が綾女を心配する。 また痛みに綾女はうめいた。妖刀をかざしても、違う場所にいくつも痣が現れる。痣はつながり、綾女の肌に巨大な蜘蛛の模様を刻み込んだ。激痛に綾女は必死に耐えた。握っていた妖刀が地に落ちた。
「あ…ううっ」
綾女の瞳が赤くなった。肌に触れるものはすべて外し、綾女は左近の前に手をついて座り込んだ。
綾女の妖刀が共鳴し、凄まじい気が放たれている。その気は左近の怪我に注がれ、治癒を促した。綾女の肌から痣が消えていく。やがて左近の怪我が完治すると、綾女の瞳の色も戻った。
「左近、大丈夫か?」
綾女が左近の怪我があった場所に手を触れる。左近も武具や服をすべて外していた。
「綾女はどうなんだ」
「私は大丈夫。痛みも痣も消えたようだ」
綾女は疲れきり、大丈夫と言うが動けなかった。左近の妖刀はまだ覚醒したとはいえず、鈍い光を放っている。かたや綾女の妖刀は青白い浄化の輝きが冴えざえとしていた。
「左近、無事でよかった」
綾女が地面に崩れ落ちるのを左近はとっさに抱き止めた。
「こんなに細い体で、2人分を完治させてしまうなんて、無茶だ」
左近は着物を綾女に着せ、抱きしめた。自分のふがいなさが悔しい。
妖刀が反応しはじめたのは、綾女への想いだった。龍馬と綾女は、それぞれ一方的な怒りで覚醒した。だが左近の妖刀は、一方的な想いだけでは覚醒しないのかもしれない。綾女の想いも必要なのだろう。
左近は分析し、苦笑した。
綾女の愛が欲しかった。
数回、肌を重ねた。だが経験の浅い綾女はどう反応していいのかわからないようで、声を我慢し体もぎこちなかった。最後にやっと恥ずかしそうに甘いため息のような喘ぎをもらす。それすら、最近になってからだ。肌を重ねるたびに妖刀の輝きは増したが、龍馬や綾女の輝きに比べるとまだまだだ。
綾女の服がはだけ、白い肌が露になる。その肌を痣が這い上がり瞳が赤く燃えた。痣は肌をすべて覆い隠し、綾女は血の涙を流した。
「コ…ロシテ…」
綾女としての最後の言葉。左近の首を物凄い力で絞める。もはや目の前の綾女は綾女ではなく、妖魔となり果てた怪物。左近の妖刀が綾女を貫いた。綾女に巣くった妖魔が奇声をあげて消えていく。妖刀の光の中、綾女が微笑み、消えた。
「あっ!」
綾女は目を開けた。布団に寝かされている。体があちこち痛んだ。ゆっくり体を起こし、落ち着こうと深い呼吸をする。
あの時、確かに体に痣が現れた。この体に妖魔の血が染み渡り、妖刀の加護ももう効かなくなってきたのではないか。
「私には…もう時間がない…」
いつか、近い未来に、今しがたうなされたように身近な者を殺してしまうのだろう。
左近が入ってきた。
綾女のただならぬ雰囲気に駆け寄った。
「綾女。どうした」
「夢を見た。私が妖魔となり、左近を手にかけようとしていた」
左近は綾女を抱きしめた。長い黒髪を撫でる。
「ただの夢だ。案ずるな」
「でも、先ほど確かに体に痣が現れた。私はもう間もなく妖変して、仲間や左近も殺めてしまう」
左近の腕をつかんだ指先に力が入る。肩を震わせ、泣いていた。
「何を言う」
「だから、頼む。私が死んだら、妖魔になる前に、私が私であるうちに殺してほしい」
綾女はまっすぐ左近を見つめた。涙が一筋流れる。
「あなたになら、討たれてもよい」
左近は綾女を優しく抱きしめたまま、ともに朝まで過ごした。2人ともに過ごせるときは肌を愛していたが、この日はお互いの鼓動を聞いていた。
綾女の寝顔、寝息。左近も安らいでいた。穏やかな時。初めて安らぎの時を得たような気がしていた。
綾女も左近の腕の中は温かく、気持ちが落ち着く場所だと知った。
まだ眠っている綾女の髪を撫で上げる。可愛らしくて、額に唇を当てた。くすぐったくて綾女が動いた。
「綾女」
「ん」
綾女も目を開け、見つめあう。どちらからともなく唇を合わせる。はじめは優しく、次第に相手を求め合う。いつもより肌を感じ、熱を感じ、綾女も感じるままに声を出して反応した。お互いに、今までにない快楽を感じあっていた。
「左近…」
甘い甘い声。愛された体を起こし、左近に抱きついた。綾女から唇を重ねる。
「綾女」
今までにないことに左近は驚いた。
「左近、私が妖変することがあるなら、私を討ってくれるか」
体は火照っているが、瞳は真剣であった。
「まずは妖変させない。俺が守る」
「守られるのは好きではない。私は最後まで戦うのみだ」
綾女の顔が険しくなったのを、左近は優しく撫でた。
「もしお前を討ったら、俺は」
「生きて」
綾女が言葉を遮る。
「私だけでよい。左近は生きて」
「だめだ。綾女は俺とともに生涯を過ごす」
「え?」
思わず出た本音に、左近は頬を染めた。綾女は可愛らしく首をかしげたが、真っ赤になった。
「すまなかった。私は自分のことだけしか考えていなかったのだな」
「俺は、綾女を愛してしまった。これからもずっとな」
「左近…」
綾女は恥ずかしげに下を向いたが、左近を見上げた。
「私も、左近が好きだ。だから好きな男に討たれるなら構わないと言っている」
「討たせない。綾女は俺のものだ」
左近は綾女を抱きしめた。綾女も左近の首に腕を回した。
「好き。左近が好き」
綾女は唇を左近に重ねた。左近は再び体を繋げる。
もう2人に言葉はいらない。心の赴くままに愛し合う。綾女の体は柔らかく左近を受け入れ、体で喜びを感じていた。
なんという快楽か。綾女はあまりの違いに戸惑いながらも、左近への愛を増していった。
綾女の心が揺れ動く。胸が痛むほど切なく、涙が出るほど愛おしい。左近は綾女にとって、そばにいたい存在になっていた。
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