焦げ臭さがあたり一面に立ちこめる。
動物の臭い、血の臭い、死の臭い。それは戦場の臭いだった。
その中でまたひとり、短い命が尽きようとしていた。
綾女は黙って左近の手をとり、頬に当てて見つめていた。涙が溢れそうになっているが、ここで泣いてはいけないときつく自分に言い聞かせている。
「そんなにその者の命が惜しいか」
消滅したはずの蘭丸の声が響く。
綾女はキッ、と声のした方を振り向いた。この期に及んで、左近との別れに水を差す気か。
さらに禍々しく光る赤い瞳は、綾女のすぐそばにあった。一切汚れすらも消えた蘭丸は、綾女に囁く。
「その者を生かしたいのであろう?お前が俺の言うことを聞けば簡単なことだ」
「だ・・めだ・・・綾女・・」
声を出す左近の命の炎はますます小さくなる。
「左近…左近・・」
蘭丸に腕を取られながらも綾女は左近から目を離さなかった。
「あと一度、あの男はお前を呼ぶ。だがその時が最期だ」
綾女は蘭丸を見据えた。
「条件とは何だ」
「俺に対する、永久の隷属。どうする、あの男の命はもうないぞ」
「・・・隷属…!」
左近が綾女を呼ぼうと少し体を動かす。
「駄目だ、左近!動くな!」
綾女はしばし下を向き、ギュッと目を閉じた。そののち、ゆっくりと蘭丸を見上げた。
その表情は激しい葛藤に満ち溢れていた。涙が一筋、頬を伝う。
「条件をのめば、左近の命は助かるのだな」
「そうだ。のむのか」
「・・・・わかった」
そのとたんに左近の体は生命力で満ち溢れた。腹の傷、あまたの傷が見る見るうちにふさがっていく。
「俺は約束を守った。お前もだ」
綾女の顎が蘭丸の指で軽く持ち上げられる。綾女は顔をそむけたが、力づくで戻され、頬に蘭丸の唇を感じた。
「綾女ぇ!」
左近が飛びかかるようにして綾女を抱きしめた。
そんな左近を蘭丸は冷たく見ていた。
「忘れたか。お前の命は俺の意思でどうとも捻りつぶせる。綾女といたければそれでも構わぬが、もう綾女は木偶のごとし」
「綾女に、何をした」
綾女の表情は虚ろで、左近に目を向けているが焦点が定まっていない。あの生き生きとした綾女ではなくなっていた。
「綾女の命を半分お前に分け与えた。さて、綾女の残りの人生は、俺が引き受ける」
蘭丸の瞳が欲情に濡れて光った。
- あの時代
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