山仲間のサイトで登録をしている綾女。SNSでお誘いはよく来るが、なかなか休みが合わず一人で行くこともあった。
『綾女さんですか。左近です』
一通のメッセージが入った。ドキッとしてあわててサイトのマイページを確認する。
左近のメッセージを確認し、念のためプロフィールを見る。あの左近だった。
『次の休み2日間空きました。蓬莱洞でゆっくりしませんか』
綾女はしばらく考えていた。
今まで男性からお誘いはあったが、ふたりきりは避けていた。だが、左近に抵抗は感じなかった。
日帰りなら朝早く出て滞在できるのはせいぜい30分。ゆっくりというのは、泊りという意味ととった。
『ご一緒します』
綾女は返事をした。洞窟で泊まれるものかわからないため、テント泊の用意をする。荷物はハイキングの軽装に比べ、ずいぶん重くなった。
「テント泊なんて久しぶりだわ」
休みの日早朝。始発の電車で待ち合わせの駅に向かう。
「綾女」
「左近、おはよう」
左近も大きな荷物を背負っていた。すごく格好よく見える。左近も細身の綾女が大きな荷物を背負っているのを見て、大丈夫なのかと思った。
「山の経験はあるの?」
歩きながら会話をする。
「そうね、学生の時から毎年山に行っているのよ。高校の時に兄が色々教えてくれてね、最近はあの山のサイトで知り合ったグループで一緒に行くことが多いわ」
「そうなんだ。俺はほとんど一人で行くなぁ。休みが合わないのと、行き先が合わなくて」
「ああ、わかる。私もそういうときは一人で行くの」
キラキラした瞳を左近に向ける。左近はドキリとして、慌てて目をそらせた。
永伏山登山口に着く。地元でしか知られていない山で、登山道といっても細い道が途切れ途切れに続いているだけ。木々の間は割と広いため、日が差し込んでいる。
「明るいのね」
ゆっくり登っていく。左近は時々後ろを振り返ってくれる。
「ペースが速くないか」
「大丈夫よ、ありがとう」
登り切り、少し下ると川があった。水面がキラキラと反射して眩しい。
「ちょっと休憩しよう」
「ええ」
ふたりは荷物をおろした。
「水が冷たいわ。気持ちがいい」
左近が地図を広げていると、冷たいハンカチが頬に当てられた。
「!」
「ね、気持ちいいでしょ」
濡らしたハンカチを当てながら微笑む綾女。左近も微笑んだ。綾女は川べりに行くと左近から見えにくい木陰に入り、首筋を手早く拭いた。
隙間から左近はその様子を見ていた。白いうなじが見えて色っぽい。
あの時もそうだった…ふと思いをはせる。首筋と腕を拭いていた少女。あれが本当の初めての出会いだった。
「左近、水分とっている?ああちょうどよく解凍されている。これ飲んでみて」
綾女はザックから300mlのペットボトルを出し左近に勧めた。
スポーツドリンクを凍らせてきて、ちょうどいい具合に解凍できていた。
「ありがとう。よく冷えているな」
半分飲んで綾女に返すと、綾女はもう半分を飲んだ。白い喉元が動き、汗が一筋流れた。左近はそこから目が離せなくなりそうだった。綾女は汗をぬぐい、首をタオルでガードした。
「行こうか」
「はい」
左近はひょいと背負うが、綾女はザックを少し高いところに置き、その下に体を入れて背負う。
「重いんじゃないのか」
「平気よ。女の子同士で行くと、お互いにザックを持って腕を通してから背中に乗せてもらうの。一度地面から背負おうとして腕をひねりそうになって」
「へぇ、工夫しているんだな」
「ふふっ」
山の稜線に出る。次は蓬莱山だ。この山の向こうに蓬莱洞がある。
蓬莱山は登山道がしっかりついていた。綾女が先に歩く。
「あ、車道に出たよ」
左右を見渡すと少し離れたところにバス停があった。先日バスに乗ったバス停。誰もいない。左近と並んで歩く。
「明日帰るバスの時間を見ておこう」
「そうだな」
メモしておき、脇の走って行かれるほどの緩い坂を登っていく。
蓬莱洞が見えてきた。
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