月満ちる頃。
綾女はすっかり大きくなったおなかをゆっくりさすっていた。
日々の買い物であれば、歩いていく。それでもこの頃は2回ほど休まなければ、疲れてしまう。
「よいしょ」
公園のベンチに腰掛ける。汗ばんだ額をハンカチで拭き、綾女を空を見上げた。春めいた穏やかな空。
「すっかり春ね。あなたはこんないい季節に生まれてくるのよ」
優しく語りかけておなかをさする。子供も春の陽気で眠いのか、ゆっくりと寝返りを打ったようだった。
「そろそろ、行こうかな」
立ち上がったとたん、綾女はおなかが引き攣れた気がした。
「あれ?痛いの?」
そう思ったのも束の間、痛みは治まった。
「まさか・・・。予定日より早い・・」
綾女はすぐに病院に行った。
思ったとおり、出産の兆候だった。そしてそのまま入院。
仕事を終えた左近が駆けつけた時には、分娩台にあがっていた。
「綾女っ」
まるで自分が子供を産むような表情で、左近は綾女の手を握った。
「大丈夫よ、左近。・・・っ」
綾女の黒髪が頬に貼りついている。左近はハンカチで汗を拭いてやり、綾女の手を握った。
心拍計が異常な音を立てる。
「先生、母体の心臓が」
その瞬間、新しい生命が誕生した。生まれ出たとたんに大きな声で泣き出す。
心拍系の音が長く響き、医師たちが綾女の周りで騒然となった。
- HIT記念
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