あたり一面が焦げ臭い。
辛くも死を免れた綾女と左近。体に傷はあるが、深いものはない。
「行こうか」
「ああ」
香澄、日向、葉隠、どこの里ももう存在しない。
そもそもこの戦いで死ぬ覚悟ができていたから、今後のことは何一つ考えていなかった。
2人とも戦いが終わった緊張が解けたのとで、非常に疲れていた。どこかで早く体を休めたかった。
山中に少し分け入る。
石の洞があったので、そこに身をひそめる。
「綾女、先に休め」
「ああ、少ししたら代わる」
身を横たえた途端、綾女は寝息を立てはじめた。顔についたすすを、左近は優しく取り払った。
雪の蓬莱洞で肌を合わせたあと、綾女に囁いた。
「夫婦となってそなたを抱きたい」
綾女は覚えているだろうか。
綾女の抗いを簡単に組み敷いて、左近は我が物にしてしまった。恨まれても仕方がないことだ。
安土で再会しても、綾女の表情に変化はない。そして今も男のそばで恥じらいも見せずに寝入ってしまった。
「お前は俺のことをどう思っているのだろうな」
寝顔を優しく見つめながら、そっと左近は呟いた。
一時ほどして綾女が目覚めた。
「左近、代わるぞ」
身支度をすばやく整えて綾女が左近を見る。
「ああ」
そのままごろんと横になると、綾女の膝に頭が乗った。
これは、なかなかいい柔らかさだ。
途端に頭を落とされる。
「馬鹿、どこに乗せている。何かあったときにすぐに動けないじゃないか」
少し顔を赤くして綾女が怒っている。
左近は笑いをこらえながら、自分の腕枕で眠った。
綾女はそっと左近を見る。
出会った頃は気に食わないキザな男だったのが、あの蓬莱洞で激しく愛を告白された。怖くて抗ったが、嫌ではなかった。夫婦になろうと言った左近に、寄り添いたい気持ちになったのは確かだった。
でも安土の戦いがあったから、今まで忘れていた。
今は、どうなのだろう。綾女はまだ自分の気持ちが整理できないでいた。
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