左近は初め、自分で体を起こすこともできなかった。とにかく体が固まってしまったようで、関節が悲鳴を上げている。そのつど綾女が手を貸した。
「すまないな」
「かまわない。私はこうして左近の手伝いができればそれでいい」
それでも3日過ぎると歩けるようになり、厠へ立つこともできた。そして10日が過ぎ、もうすべて身の回りのことは行えるまでに回復した。
秋の日差しを受けた縁側で、二人は並んで腰を下ろしていた。
「色々と世話をかけたな」
「いや・・」
左近は綾女の横顔を見つめていた。ことのいきさつは悠庵から聞いていた。献身的に寝る間も惜しんで看護していた綾女。
左近はそっと綾女の肩に手を回し、抱き寄せた。綾女の顎を軽く持ち上げ、見つめる。
「あ・・」
かすかな言葉が綾女の唇から漏れるが、左近はそれを唇で塞いだ。いったん離れるが、また角度を変え、左近は綾女の唇を味わった。
「今度は張り倒さないんだな」
からかうような口調で言う左近に、綾女は顔を紅くした。
「もう、あの時の私ではない。私は左近に生きて欲しかった。だから今は左近がそばにいるだけで嬉しいのに」
綾女は左近が意識を失っていた間、左近の唇を知り、全身を拭く手から左近の体を知っていた。それでも、左近が生きて自分の意志で動いているのを見るのはとてつもなく嬉しいことだった。
左近は抱き寄せたままの腕に力をこめた。その中で綾女が身じろぎをする。
「左近」
「ん?」
「今だけ、いいか?」
左近の言葉を待たずに綾女は自ら左近の唇に自分のそれを重ねた。そしてするっと腕を抜けて去っていった。
左近は驚いていた。初めて綾女からしてきた口付け。それは甘い香りがし、左近を一瞬で男へ変えるような勢いだった。
綾女は少し離れたところで、自分の胸を押さえていた。甘い鼓動。そして赤くなっている両頬を手でそっと押さえ、微笑んだ。
- あの時代
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