「綾女だろう?」
左近の問いかけに、その少女は大きく目を見開いた。左近の喉もとに切っ先を当ててまま、間合いを計ろうとした。
「左近だ。覚えていないか?」
綾女を動揺させないように、左近は穏やかな声で言った。
「知らぬ」
答えながら、綾女は軽い頭痛を感じた。自分の記憶が一部分抜け落ちていることは知っていた。そしてその間のことを思い出そうとすると、決まって頭痛に襲われた。今、目の前にいる男もその空白の記憶の中にいた人物なのだろう。
「綾女」
男の声に呼応するように、頭の痛みが強くなる。左近の喉もとから妖刀が外れ、綾女は苦しそうな顔をした。
「綾女?」
「呼ばない・・で・・。頭が・・」
綾女は頭を両手で押さえ、しゃがみこんだ。こんなにひどい痛みは初めてだった。左近は尋常ではない綾女の姿に戸惑った。
「おい・・?」
綾女を抱きしめる。
「いや・・」
細い声をあげて綾女は失神した。全身に冷たい汗をかいており、水に濡れたようだった。
綾女は息が詰まりそうなほどの重い空間にいた。
その重さに耐えられたのは、魔神を倒そうとする強い思いがあったからだった。
手段は選ばなかった。
自分がまさか生き延びるとは考えてもいなかったため、身も心もボロボロになった。
半ば狂気と化していた。
魔神を倒したあと、張り詰めていた糸が切れて綾女は深い眠りに落ちた。
ただ、遠くで自分を呼んでいた声がしていた気がした。
- あの時代
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