夜景の見えるラウンジにひとりの女性が座っていた。
緩く束ねられた黒髪が、かすかに震えている。
近づけば、涙の滴がテーブルに落ちていることがわかった。
彼女は泣いていた。
すっと、彼女の前にハンカチが出される。
彼女はハンカチの主を見上げた。
茶色の髪を長めに伸ばした、長身の男性。
「もしよければ・・使ってください」
甘い低めの声。
瞬きをした彼女の睫から、ひとしずく涙がこぼれ落ちた。
「ありがとうございます・・」
女性は男性のハンカチで静かに瞼を押さえた。
男性の携帯が鳴り、男性は左手で取って話しはじめた。薬指に光る指輪。
「あ、ああわかった。そちらに行く」
そのままその場を去ろうとする男性に女性は声をかけた。
「あの、洗濯してお返ししますから」
「いいよ、それはもうあなたのものだから」
「そうはいきません・・」
男性はゆっくり女性に歩み寄った。
「では、君の名前を聞いておこう。私は左近だ」
「あ、綾女です」
「いい名だな」
左近はふっと笑みを返してゆっくりと去っていった。
「綾女・・まさか」
左近はまじめな顔で立ち止まり、綾女のほうを振り向いた。しかしその姿はもう見当たらなかった。
- 現代版
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