綾女はシャワーを浴び、バスローブのままソファから夜景を眺めていた。
本来なら、傍らに共に夜を過ごす男性がいたはずだった。
初めての夜だったのに・・。
待ち合わせ場所にしたラウンジで、綾女は携帯をとった。
「綾女、すまない。行かれなくなってしまった」
電話を急にかけてきた彼。いつも連絡は綾女の方からすることが多かったので、不審に思った。彼の周りで女性の声がした。
「もしかして、奥さん・・?」
「・・・すまない」
独身だと偽り、綾女と付き合っていた彼。彼の声色が変わった。
「ええ、すみません。妻が出産しますので、立ち会うことになっているので・・」
二重のショックだった。彼の背後で年配らしい女性の声もする。奥さんのお母さんだろうか。
「わかりました。もう終わりにしましょう」
綾女の方から電話を切った。
不思議と何の感情も起きなかった。ただぼんやりと携帯を持っていた。
カクテルをひとくち口に含むと、涙が溢れてきた。
「どうして・・」
遊ばれた自分に腹が立ち、悔しかった。声を出さないように涙を次々にテーブルに落とした。
ハンカチが目の前に出され、綾女は涙に濡れた瞳でハンカチの主を見上げる。
その男性は左近と名乗った。
「左近・・」
綾女の唇がその名を刻む。なぜか懐かしい響きがした。だが左近の指に光った指輪は既婚の印。
「だめよ、綾女・・。あの人も奥さんがいるのよ」
自分を戒めるように頭を振った。そしてダブルベッドに身を投げた。
「広いな・・ひとりでは広い・・」
そのまま目を閉じ、眠ってしまった。
- 現代版
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