蛍を眺めていた綾女。
里を思い出して涙する。
本当はあの時、綾女のそばにいて慰めたかったのは、この俺なのに。
あれから数年がたち、ふたりで蛍を見ることができた。
「まだ、だめだな」
綾女がそっと瞼を押さえる。
「里のこと、桔梗さんのことを思い出してしまう」
声が震えるのを懸命に抑えながら、綾女は言葉を続けた。
「もう、いいだろう?」
俺がここにいるから・・。
その言葉は口の中で消えてしまった。
綾女があまりにも華奢で儚くて、俺はその細い体を抱きしめていた。
一瞬強張った綾女だが、次第に力を抜いていた。
「左近・・」
蛍が光りながら、綾女の髪にとまった。ゆっくりと点滅している。蛍は少しずつその姿を増やし、静かに音もなく俺たちの周りを舞う。
水辺の幻想的な風景。綾女は少し微笑んで舞う蛍を見つめている。
「いつまでも見ていたくて、よく兄に叱られた。帰ろうという兄に泣いて拒んで、でも泣き疲れた私を兄はいつも負ぶってつれて帰ってくれた」
「綾女」
呼ばれた綾女がゆっくりと俺を見上げる。
「俺がつれて帰るからな。これからずっと」
一瞬驚いた顔をした綾女だが、すぐに頬をわずかに染め、俯いてしまった。
「俺がいつもそばにいるから・・」
俺はその柔らかい体をもう一度抱きしめた。
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