「あれ?この桜だけ花が散っているね」
「他の桜はまだなのに」
花見に来た観光客が、口々にそう言いながら、桜の下を通り過ぎていく。
仕事をしながら左近は、夕べの綾女の艶姿を思い浮かべ、少し頬が緩んでいた。
「あら、珍しい顔して」
管理事務所のおばさんが声をかける。
「綾女ちゃんといいことあったのね?」
おばさんは鋭い。何もかもお見通しのようだ。
「左近。お弁当持ってきたわよ」
噂の主、綾女がやってくる。そのそばを観光客が通り、やはり花びらのことを口にすると、綾女は真っ赤な顔になった。少し恨めしげな顔で左近を見る。
「若いっていいわね。じゃ、あたしはいったん家に戻るから」
見抜いたおばさんは軽く手を振って去っていった。
「今の、なんだろ?」
「お前、わかりやすいからな。みんなお見通しだっていうことさ」
「え??」
きょとんとしている綾女に、そっと囁く。
「夕べ、あの桜の木の下で俺たちがシタこと、わかっちゃったんだよ」
「えええええーー!」
綾女はこれ以上ないほど真っ赤になり、手で顔を抑えた。
「いやだ、もう。恥ずかしいったら!左近が悪いのよ」
「そうか?」
憎らしいほど余裕な態度である。まだ頬を染めたまま、綾女が上目遣いで左近を見上げる。
・・こいつ、無意識に俺のツボを刺激しやがる
左近はいきなり唇を奪い、丹念に愛した。やがてゆっくり離れたふたりの唇の間に、糸が光る。
「左近・・」
すっかり甘くなった綾女の吐息。
「お前・・俺が仕事中でなかったら押し倒していたぞ」
「え・・?」
とろんとした瞳で綾女が答える。
その晩、違う桜の木の下で左近は昨夜より激しく綾女を味わう。
本格的に桜が散り始めるまでの数日、桜はふたりによって花びらを降り散らしていた。
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