綾女はゆっくりと湯に浸かっていた。
そっと自分の肩を抱く。左近の手の感触が蘇る。蘭丸の屈託のない笑顔が浮かぶ。いずれも戦いの頃にはなかったもの。
「少しは平穏になったということだろうか」
星が瞬く空を見上げる。草の間から小さいが秋の虫の声が聞こえてくる。
夏ももう終わり・・・。
綾女は息をひとつつくと、湯から上がっていった。
夜着の綾女がゆっくりと黒髪をすいていく。
障子にひとりの男の影が映った。
「綾女、いいか」
「・・ああ」
音もなく身の幅ほど障子が開き、滑り込むように影が入る。
「左近、用は何だ。私はもう眠い。用があるなら手短にな」
周りを警戒するような左近に、綾女は不審げな声を出した。
左近は蘭丸の「惚れ直した宣言」に敏感になっており、いたたまれなくなって綾女の部屋まで来たのだった。
「蘭丸が・・惚れたそうだ」
「お前にか?」
布団に入りながら綾女があくびをした。
「ちがうっ。お前にだ、当たり前だろう」
「ふーん」
眠気が増してきた綾女にはどうでもいい内容だった。それよりも左近には出て行ってもらい、ゆっくり眠りたかった。
「だから俺が・・来たわけで・・おい、聞いているのか」
綾女はすでに夢の中。そのあどけない寝顔に左近は見惚れたが、同時に残念な思いだった。
「男がそこにいるって言うのに、こんな無防備な寝顔をさらして・・俺は男として見られていないのか・・?」
がっくりすると眠気が襲ってきて、左近はひとつあくびをした。
- HIT記念
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