昼前、里の長が二人のもとを訪れた。
「信濃の国主が、昨夜身罷られたそうだ」
綾女のほうに向き直る。
「綾之介殿が手を下されたのじゃな」
綾女は黙ったまま手を着き、頭を下げた。
「そのような依頼でございましたので、それに沿ったまでのこと」
ほう…と長は綾女を見た。
男の身なりはしていても、半年前と比べると物腰が柔和になってきている。顔つきもややふっくらとしている。
「して、信濃の様子は」
長から綾女への視線をそらせるかのように、左近が聞いた。
「幸い聡明な嫡男が跡を継いだとのことじゃ。年はそろそろ二十歳、十分であろう」
長はゆったりと微笑み、部屋を出ようとした。ふと足を止め、左近を呼び寄せる。
「この部屋ではなく、もう少しくつろげる部屋を用意できるが、いかがか」
左近は察した。
「お心遣い、ありがたい」
「ならば案内させましょう」
移った先は、こじんまりとしつつも趣のある離れだった。湯にも近い。
綾女は初めて察した。頬を朱が走る。
「今までの部屋は長殿のご家族が近くにいたからな」
言わなくてもいいことを綾女の耳元で囁く。
「左近が悪い」
ぷいっと横を向いてしまう綾女もなかなかかわいく見える左近であった。
「ではまた今宵」
「お前の頭の中はそれしかないのか」
「当然だろう」
綾女は何かを感じた。左近も同様であった。
「ちっ」
左近の表情が不愉快極まりないものになった。
「今宵の分は明日に上乗せだな」
「う、上乗・・・」
綾女はよろけそうになったが気を引き締めると、外に出て行った。
- あの時代
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