ブラインドから見える朝の光が、今朝は幾分弱い。
左近の腕の中からそっと抜け出し、綾女はブラインドを開けた。
窓につく雨粒。
腕の中にいた温もりをさがして、左近が目を覚ます。悲しげな目をして窓を見ている綾女を見つめる。
「どうした」
綾女は振り返らずに見つめ続ける。
「なんとなく、雨の日は悲しいの」
数秒たって、綾女は答えた。ゆっくり体を起こした左近が腕の中に綾女を戻す。左近は綾女の髪をなでた。
「悲しいのか」
「うん」
子猫のように体をすり寄せる綾女。左近は優しくキスをする。
「俺がそばにいるよ」
「ありがとう。昔からなのよ。いつまでも慣れないわ…」
左近が出かけた後、綾女は安土山に向かった。
つい先週まで桜でにぎわっていた山が、今は若葉が芽生えてきている。人々も波が引いたようにいなくなっている。ましてや今日のこの天気。
駐車場から山を見る。雨にけぶり、薄くもやがかかる。
涙が出そうになって綾女は目をそらせた。
傘をさしているとはいえ、なんとなく全身が湿ってきている。もう一度安土山に目をやり、歩き始めた。
家に着くと、左近はまだ帰っていなかった。
「いなくてよかった・・」
この姿を見たら心配するだろう。着替えてコーヒーを淹れ、ベランダ越しに見える安土山を見た。
昔から心惹かれる土地だった。悲しさも切なさも入り混じり、なるべく避けたい感情はあった。しかし、過去を思い出してからは、誰かがそこにいるという思いが強くなった。会いたくなった。
あの日、左近に出会った日。ひと目見たときに名前が口をついて出た。会いたかった人だとすぐに分かった。
「昔から恋に落ちていたのよね」
淡い恋心だったように思う。
こうして再会して、想い合う仲になって、これからずっとともに生きていく人。
「ただいま」
愛おしい人の声が聞こえた。
「今日は元気なかったが、大丈夫か」
左近の大きい手が綾女の額に当てられる。風邪か何かを心配しているようだった。
「大丈夫。ごめんね、心配かけて」
上目づかいで左近を見ると、左近は安心したようにやさしい瞳に変わる。つられて綾女もにっこりと笑った。
「左近と一緒だから、もう大丈夫なの」
「なんだそれ」
「内緒~♪」
綾女からの初めてのキス。上目づかいといい、切なげな大人の表情といい、左近は左近なりに耐えていた。それがキスで決壊。
翌朝、綾女は左近の腕の中で熟睡していた。
- 現代版
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