綾女はその足であるお店に行った。
「あら、こんな時間にどうしたの?」
佳代がコーヒーを淹れてくれながら聞く。綾女はうるっとした瞳を佳代に向けた。
「どうしよう。左近に会っちゃった」
そして真っ赤になっている。
佳代、その夫の龍馬も昔の記憶を持っている。綾女が最近思い出してきたことは知っていた。
「どこで会ったの?」
「セミナリヨ公園。なんとなくあそこの桜を見たくなって行ったら、そこに左近がいるんだもん。びっくりしたよ」
「何か話した?」
「うん…。私を見たらすごく嬉しそうな顔をして」
「うん」
「抱きしめられて」
「うん」
「キス、された」
最後は真っ赤になって小さな声になっていく綾女。佳代は可愛くなって綾女の髪をなでた。
「よかったじゃない。左近のこと、覚えていたんでしょ」
「だけどね、昨日思い出したばかりなのよ。最初は目を閉じたまま動かなくなってしまった姿、その時の私の気持ち、次に蓬莱洞でキスされた時のこと、名前を聞かれたことくらいよ」
「そうね、そう言っていたわね。今の気持ちはどうなの?」
「たぶん、左近のことが好きなんだわ。いきなりでびっくりして混乱しているの。まさか出会うなんて思ってもいなかったから」
「そうね」
優しく頷く佳代。
「運命なのかな。会うべくして会ったのかな」
長い睫の影を落として、伏し目がちにコーヒーカップを両手で包む。その姿は恋する乙女のようだった。
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