葉隠れの里まで、普段ならあと1日というところまで進んでいた。
「頭・・痛い・・」
ガンガンする頭と気持ち悪さで綾女はしばし休んでいる。
花冷えで1週間ほど冬に戻ったような寒さから、いきなり春本番の暖かさになったのだ。
「体調を崩したか・・」
ほどよい日陰になる桜の木の下で、綾女はゆっくり身を幹に持たせかけた。
幹は程よく冷たく、火照った頬の熱を吸い取っていく。
「どうだ?」
小川から水を汲んで戻ってきた男・・左近・・は、手ぬぐいも水に浸してきた。
「ああ。すまぬな」
手ぬぐいを額に乗せ、水を数口飲んで、綾女は目を閉じた。左近が黙って隣に座り、膝を貸す。
「遠慮はいらん」
綾女が断るのを無理やり膝に押し付けるようにして横にさせると、綾女は仕方ないという風にひとつ息を吐いた。そして静かに眠りに吸い込まれていった。
左近はゆっくりと綾女の髪を撫でた。寝顔に見入る。
綾女がこのように身を近くして無防備に眠れるようになったのは、安土以来のことだ。
瀕死の重傷を負った左近を寝る間も惜しんで介抱し、完治させるまでにした。あの時左近は自分の死を予感していたからか、素直に自分の思いを告げることができた。生と死の間にあったふたりは強く惹かれあい、今に至る。
奥手な綾女が左近と触れ合えるまで、半年はかかった。左近は辛抱強く待ち続けた。
「男勝りに妖刀を扱うくせに、いざとなると怖がりだったな」
左近の指がそっと綾女の唇に触れる。
初めてのときは、いずれも綾女は体が震えるほど緊張していた。ゆっくり優しく緊張を解きほぐし、左近は思いを形にして伝えた。
「でもまだ怖がる時があるよな・・・」
優しく呟いて、左近は微笑んだ。
沈んでいた意識が一気に戻り、綾女は目を覚ました。少し日が傾いたようだが、風は冷たくはない。
「起きたか」
「ああ。どれくらい寝ていた?」
「半刻くらいだ。具合はどうだ」
綾女はゆっくり体を起こした。めまいや頭痛は消えている。若干、気分不快は残っている。
「もう大丈夫だ。世話をかけてしまったな」
「お前の寝顔をじっくり見せてもらったぞ」
からかいながら左近は水の入った竹筒を差し出した。手に取り、数口飲む綾女の白い喉に、左近は見とれた。
「別に怒ることでもない。膝、重かっただろう。すまなかった」
左近の顔が近づき、唇をそっと重ねる。
「これで借りは返してもらったからな」
綾女はわずかに頬を染めた。
翌日昼ごろ、ふたりは葉隠れの里に着いた。
龍馬がふたりの関係を見抜き、離れに部屋を用意してくれた。
綾女の体調が、道中すぐれなかったのでさっそく診察してもらうと・・。
「おめでたです」
ふたりともにわかには信じられなかった。左近がそっと綾女の下腹部を触る。言われてみれば少し膨らんでいるように思える。
「ここに・・俺たちの子がいるのか」
「もう安定期に入っているので、じきにつわりも消えますよ」
「ありがとうございます」
綾女は左近の手に自分の手を重ね、ゆっくりとおなかを撫でた。
「道中、ずっと辛かったな。でももう大丈夫だ。俺とお前に春がきたからな」
「うん・・。左近との子が生めるのが嬉しい・・」
左近は優しく綾女を抱きしめた。
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