桜が散り始める頃。
左近は香澄の里を訪れていた。
香澄の里長が代替わりしたため、日向の代行として挨拶に行ったのだ。
新しい長、進之助は20代半ば。左近より10歳年上である。所作滑らかで温厚な相貌をしており、その若さながら先代を上回る器の持ち主と見受けられた。
左近もいずれ日向を継ぐ身。正直に言うと、香澄とは争いたくはないと思った。
勧められる酒をやっと断り、左近は庭を散策した。
「ふう、だいぶ酔ってしまったようだ。ここで少し醒ましていこう」
桜の下に腰を下ろし、ひとつあくびをした。不意に風もないのに花びらが落ちてきた。
「ん?」
「きゃああ!」
見上げた左近の腕の中に、人が落ちてきた。
「わぁぁぁ!」
落ちてきたのは、少女。やっと10歳になるかならないか。
「ご、ごめんなさい。怪我はされませんでした?」
「俺は大丈夫だが・・なぜこのようなところに」
黒髪が美しい少女。じっと左近を見つめる。そしてにっこりと笑った。
「え?」
あまりに自然な笑みに、左近はうろたえた。その少女は次の瞬間、風のように消えていた。
桜の精のような少女。左近はなぜか強く惹かれるものを感じていた。
- あの時代
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