着替えた綾女が食堂まで行くと、義父と義母が席に座り、その横に青年が座っていた。
「おはようございます」
綾女が挨拶をすると、席に座るように勧められた。
「綾女さんはまだ会ったことがなかったわね、左近です」
紹介された青年、左近がクールな眼差しで綾女を見ている。形ばかりの礼儀として、軽く会釈をしただけだった。
「左近、こちら綾女さん。あなたの許婚ですよ」
「綾女です」
左近は聞こえないかのようにコーヒーを飲んでいた。
「母さん、父さんも、なぜ俺のいない間に話を進めるんです」
綾女は左近の気持ちが少し理解できた。綾女もこの縁談をいきなり父親に聞かされ、言われるがままに行儀見習いに入ったからだ。
「当然だろう。正面からお前に話しても聞き入れないからだ」
義父もいつものことというように、さらりと受け流す。左近はカップを置くと、席を立っていってしまった。
「綾女さん、左近はいつもああなのよ。気にしないで」
義母が声をかけてくれ、綾女は返事をするが、心は複雑だった。
若葉がだんだん色濃くなる季節、風が心地よい。
綾女は2階の自室で本を読んでいた。
ふと窓の下を見れば、少し離れた木陰のベンチで左近が本を読んでいた。
「何の本かしら」
目を凝らすも、よくタイトルは見えない。綾女は窓枠に腕を乗せ、左近の姿を眺めた。
サワサワ、サワサワ・・・・
風が綾女の髪をなびかせた。
「・・・・おい」
遠くで誰かの声が聞こえる。綾女の意識はいったん浮上するが、またゆっくり沈んでいく。
「おい」
暖かな手が綾女の首に触れ、綾女は目覚めた。
「動くな」
両手が綾女の首に添えられ、ゆっくりと体が戻される。綾女の目の前には左近の顔があり、じっと綾女を見つめている。
「これ、落としただろう」
綾女が結っていたリボン。風に飛ばされ、左近に落ちたので届けにきたそうだ。
「着てみたら、体をひねって窓枠で寝ていたから・・」
下手に動くと寝違いのようになってしまうので、やむなく左近は手を出していた。
「あ、ありがとう・・あ、つう・・」
立ち上がろうとしたが足と手が痺れていて綾女は左近に倒れ掛かってしまった。
「ご、ごめんなさい」
綾女の頬が左近の胸に当たり、その時速い動悸を聞いた。綾女の頬に朱が走る。
「いや・・いい」
左近も緊張しているのか、少しかすれた声を出した。綾女の歩くのを手助けしながらベッドに座らせると、足早に部屋を去っていった。
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