その一件があってから、ふたりの間に感情が芽生え始めた。
一通りの家事はこなせるのだが、料理だけはあまり得意ではなかった綾女。それでも綾女は義母に左近の好物を習い、努力した。
「私はね」
ともに台所に立ちながら、義母が綾女に話しはじめた。
「左近の本当の母ではないのよ。あの子はね、旦那様がまだ本当にお若い時、イギリスに留学してそこで授かった子なの。お互いに結婚前、学生で、旦那様のお父様は大変怒ったそうよ。留学を終えるとすぐに引き離して、旦那様だけ日本に戻ってきた。直後に私と結婚したのよ。でもそれを知った相手の方は心痛で亡くなられてしまって、身寄りがいなくなった左近をこちらで迎え入れたの。その時まで私は何も知らされていなかった・・」
義母は遠い目をしたが、慈しみの表情をしていた。
「見ればわかるでしょう?あの子は東洋人の顔立ちではないし、瞳も黒くない。ここに来た当初は混血児だ、鬼子だとずいぶん大旦那様に忌み嫌われていたわ。まだ小さい子にその境遇は辛かったことでしょう。それでも左近は大旦那様が大好きでね、1年もたたないうちに大旦那様は左近をとても可愛がるようになったの。でも、大旦那様が亡くなったとたんに風のような子になってしまった」
「風?」
「そう、気づくといない、その場にとどまらない風のような子。あまり話さなくなったし、自分の進む道を迷いながらも確実に決めていったわ。左近がこの家にとどまるようになったのは、数年ぶりのことなのよ。綾女さんが来たから」
綾女は剥いていた芋を落としそうになった。
「そ、そんなこと、私」
見る見るうちに真っ赤になっていく綾女を義母は優しく見つめていた。
「これからの左近のことを頼みますよ」
「はい」
綾女は輝くような顔で返事をした。
同じ頃、父の書斎で左近は話を切り出した。
「俺は、俺を産んだ母親に挨拶をしてくる」
「イギリスだぞ、行くのか?」
「ちょうど来春にイギリスに行く一団があって、俺も通訳として行くことになっているんだ。その時に行こうと思っている」
「そうか」
「・・・戻ったら、祝言を挙げる」
最後の言葉だけボソッと言い、左近は部屋を出て行った。
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