皐月、菖蒲が咲く頃。
15歳の綾女は、明日嫁ぐ。
代々香澄の里に伝わる御神刀を守る家柄の綾女は、いわゆる”お姫様”である。忍びの技に秀で、容貌にも恵まれ、何も望まなくても手に入る。傍目には羨ましいほどであったが、当人はいまひとつ浮かない表情をしていた。
座敷に出された白無垢の内掛け。
それを纏い、言われるままに新郎となる高久のもとに行く。
「何を浮かない顔をしているんだ」
兄の進之助が尋ねる。
「兄上」
綾女は慌てて表情を繕った。
「いえ、何でも・・」
「言いたくなかったら言わなくてもいい。だが明日からは何もかも身のうちに収めなければならないぞ」
綾女はしばし黙っていた。やがて小さい声で呟くように言った。
「私は、このままでいいのでしょうか。何不自由ないように育てられ、嫁いで子を産み育てる。それでいいのでしょうか」
進之助は綾女を見つめた。
「それが、今のお前の役割だからな」
綾女は高久を思い浮かべた。5歳ほど年上の真面目で誠実な青年。嫁ぐのが嫌なわけではない。ただレールに敷かれた人生をそのまま歩んでいいものだろうか。だからといって自分がやるべきことが見えているわけでもない。
「・・そうですね」
綾女は吹っ切ろうとして軽く頭を振った。
明日は高久様の下に嫁ぐ・・・。
- HIT記念
- 86 view
この記事へのコメントはありません。