「左近?どうした」
ぼんやりと考え事をしている左近を珍しく思ってか、綾女が声をかけてきた。
「あ?ああ・・」
綾女は左近をじっと見つめた。時々左近は綾女を見ているようで、その向こうの誰かを見ている。今もそうだった。
綾女の面差しが似ているわけではない。雰囲気も、声も仕草も似ていない。けれど想いを重ねてしまう左近がいる。
すでにふたりは想いを伝え合い、体も何度か重ねてきている。
それなのに・・・
綾女は寂しく思っていた。
自然と会話が少なくなり、綾女が左近を避けるようになった。
「私は誰かの身代わりではない。綾女というひとりの人間。私自身を見て欲しい」
何度も言いかけたが、言えなかった。綾女は誰にも相談することもなく、ひとりで胸のうちに納めてしまっていた。
「綾女、どがいしたがじゃ」
龍馬がさすがに心配になって声を掛けてきたが、綾女は微笑んで首を横に振り、一言も言わなかった。
綾女が自分を開放できる場所は、湯だった。今夜もひとりで入っており、頬を涙が幾筋も流れた。お湯をすくって顔を洗うが、涙は止まらない。やがて泣き疲れて、綾女は岩肌に体を預け、月を見上げた。
「もう、どれだけこうしてひとりで泣いているんだろう。私らしくもない」
自嘲じみた言葉が漏れた。
- HIT記念
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