夜。
綾女は左近と向き合って座っていた。
脇には、ひと組の寝具。そしてふたつの枕。
「皐月殿ではないな」
綾女ははっとして左近を見上げた。
そうだ、今まで姫さまと呼ばれ、名前は呼ばれていなかった。
「私は…」
「たしかに」
左近の手がそっと綾女の顎を持ちあげ、正面から見据えた。
「面差しは似ている。双子の姫だからな」
綾女は左近から目をそらせずにいた。このような形で男性と近づくのは初めてだった。
「綾女」
左近の吐息がすぐ近くまで来ている。綾女は無意識に瞳を潤ませていた。思わず目を閉じてしまう。
ふいに左近の気配が離れ、綾女は目を開ける。
「長旅で疲れただろう。今宵はゆっくり休むがよい」
左近は布団に身を横たえた。
綾女は心中穏やかではなくなった。膝の上に置いた手に力がこもった。
「私が、皐月ではないからですか」
静かな、悲しみさえ混じった声。
「私は、姉の代わりにここに参りました。それも定めと」
「定め?定めか」
左近が起き上がり、綾女を見る。少し怒ったような表情である。
「定めにただ従うだけの姫なのか?それならば、話は別だ」
左近は綾女を押し倒した。
「忍びの姫は房事に長けていると聞く。そのお手前を拝見しようか」
組み伏したまま左近は綾女を見下ろした。綾女は抗ったが、男の力にはかなわず、やがて体の力を抜いた。
左近は黙って綾女を見つめている。綾女はいたたまれない気持ちでいっぱいだった。目を反らしては負けだと気持ちを奮い起して左近を睨む。
「これはこれは、たいそうなお手並みだ」
左近は手を離し、声に笑いを含ませた。綾女はかっとなった。
「…それで?」
左近の声に、気づくと綾女は左近を押し倒していた。我に返って顔を真っ赤にする。左近は肩を震わせて笑った。
「な、何を笑っているのです」
「気に入った。俺の妻にふさわしい」
左近はそのまま腕を伸ばして綾女を抱きしめた。逆毛だった猫をなだめるように髪をゆっくり撫でる。いつしか綾女は左近の腕の中で寝息を立てていた。
- あの時代
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