綾女の手がさらさらと髪を梳いていく。
久しぶりに綾女は鏡に向かい、櫛を通していた。
部屋に入ろうとした俺は、障子の影からこっそり覗いていた。
綾女はきゅっと高い位置で髪を結った。そして忍び装束に着替え始める。肩の傷がミミズ腫れのように、まだ赤く残っている。帯を締め、武具を着け、綾女は部屋から出ようとした。
「どこへ行く」
俺が声をかけると綾女は少し笑顔を見せた。
「今朝の妖魔が気になってな。見回ってくる」
「そうか。俺も行く」
「一人で行くからいい」
今にも行きそうになる綾女の手を捕まえ、部屋の中に入れた。
「俺が着替えるまでいろ」
横目で綾女を見る。真っ赤になって壁の方を向き、立っている。俺は手早く忍び装束に着替え武具をつけた。太刀を背負うと綾女に声をかけた。
「行くぞ」
振り向いた綾女に軽く唇を合わせると、また綾女は真っ赤になった。
二手に分かれ、砦を回っていく。特に異常はなく、程なく綾女と合流した。
「そちらは異常ないか?」
綾女が声をかけてくる。きりっとした顔は中性的で女衆にも気になる存在である。現に恋文が舞い込んでくる。
「ああ、ない。そちらはどうだ」
「今朝方妖魔が現れたところは、やはり結界が弱くなっていた。一掃しておいた」
「妖魔がいたのか」
「2、3匹。だがたいしたことはない」
少し上気した頬。綾女はゆっくり草の上に腰を下ろした。俺も並んで腰を下ろした。
「明日の晩から、龍馬殿と交代で見張りを務めることになった」
「私はその次か」
「いや、お前はいい」
「体調はもう大丈夫だ」
俺は苦笑した。まったくこいつは、俺たちの気配りがまるでわからないようだ。
「いいか、お前の仕事は屋敷を見ていてくれればいい。それと」
「それと?」
綾女が問いかける。
「これはお前にしかできないことだ。いいか」
綾女が真剣な顔で頷く。
「俺を癒すこと」
「癒す?」
俺は綾女の顎に手をかけた。綾女の目が俺を見つめる。息が上がり、瞳が潤み始めてきている。きっと胸の鼓動も早いだろう。
「俺の気持ちを、受け入れて欲しい」
綾女は耐えられなくなり、顔を背ける。
「受け入れているつもりだが」
綾女の頬が染まり、まことに色っぽい。
「頼んだぞ」
念を押すと、綾女は頷いた。
- あの時代
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