お盆休み最終日。暗いうちから起き出して、準備をする。突然左近に仕事の依頼が入り、その取材に綾女もついていくことになった。
「綾女がいないと取材にならん」
と、半ば強引に連れていかれることになった。
「どこに行くの?」
「岐阜の可成寺だ。車で2時間くらいだな」
「可成寺?蘭丸の?」
「ああ。蘭丸の兄貴が現住職の寺だ。森一族がお盆だから集結するらしい。蘭丸の過去の所業が聞けるぞ」
「仕事の依頼じゃないの?」
「俺が決めた取材だ」
左近は嬉しそうにハンドルを握り、車を走らせた。
2時間後。
「ここよね?なんだか人気がないような気がしない?」
綾女が境内を覗き込む。人の気配はあるが、ひそやかなものだ。とても一族郎党が集結しているようなものではない。
「おかしいな、少なくとも10人はいるはずなんだが。蘭丸は9人兄弟なんだ」
「おはようございます。何かご用ですか」
振り向くと蘭丸によく似た30代の男性がいた。左近を見ると、あ、という顔をした。
「左近さん。こちらは綾女さんですね。私は蘭丸の兄で長可といいます。蘭丸がいつもお世話になっています」
「いえ、あの、蘭丸から聞いたんですが、ご兄弟がお集まりになっていると」
「昨日までだったんですよ。弟や妹たちも社会人なので。普段は私の家族と両親しかいないので、それは賑やかでした」
にこにこと長可は話している。とてもあの蘭丸と性格的に兄弟とは思えない。顔はそっくりでなかなかのイケメンだが。
ちらっと寺を見て、長可が申し訳なさそうに言った。
「せっかく遠いところを来ていただいたのに、お茶もお出しせず申し訳ありません。所用で出かけなくてはならないので、ここで失礼いたします。蘭丸のこと、これからもよろしくお願いします」
深々とふたりに頭を下げ、その場を去っていった。
「蘭丸の奴、わざと1日違いの情報が入るように仕組んだな」
口では残念そうだが、顔はそうでもない。左近は綾女を見た。
「せっかくだから、そこらを散歩しないか」
少し歩くと、兼山湊跡があった。石畳は昔ながらのもので、石灯篭もある。
「もしかしたら、木曽川で泳いだりしたかもね」
「かわいいだろうな、今と違って」
顔を見合わせて笑い合った。水筒の冷たいお茶を飲んだり、チョコやおせんべいをつまんだが、時間はまだ8時過ぎ。何か所か見る場所があるが、開館時間前だ。
「なんかもったいないけれど、明日から仕事だし、帰ろうか」
「そうだな」
帰りも左近がハンドルを握った。午前中で逆方向だからか、お盆最終日だからか、道は空いていた。
「買い物していくね」
開店直後のいつものスーパーで3日分ほど買い込む。
「アイス、忘れんなよ」
「わかっているわよ」
帰宅して食材の下ごしらえをしていく。ついでにお昼も作り、洗濯機を覗くがほとんど入っていない。
「今朝早かったから、夕べ、しなかったよな。洗濯物の量ってこんなに違うんだな」
シャワーから出た左近が、感心したようにつぶやく。綾女はちょっと耳を赤くしたが、ゆであがったそばを冷水で冷やしていく。
「できたわよ」
テーブルにおそばを置いて、めんつゆとねぎとわさびと海苔を添える。冷たい麦茶も置いた。
左近がテレビをつけると、車の渋滞情報を放映していた。
「やっぱり混んでいるみたいだ。早く帰ってきて正解だった」
「そうね。名古屋のあたり混んでいるわね」
左近が少しボーっとしている。朝早くから起きて往復4時間の運転をしたからだろう。
「左近、お疲れ様だったわね。ここ片付けたらマッサージしようか?」
「うーん、取材できていたらこのあと仕事だったんだが、それがなくなったからなー。いいのか?綾女も疲れているんじゃないのか?」
「大丈夫よ」
手早く台所を片付けて、左近の後ろに立つ。しなやかな指が左近の固い筋肉をゆっくり揉みほぐしていく。
「すごいね、左近の筋肉。男の人ってみんなこうなのかしら。あ、ここ、凝っているでしょ」
「指、痛くなるだろ。無理しなくていいんだよ」
両手をいっぱいに使って綾女は汗をかきながらコリをほぐしていった。床にい草のマットを敷き、そこに左近がうつぶせになると腰をほぐす。
「腰、気をつけてね。座り仕事だと腰を傷める割合が多いんですって」
「うん、そうだな」
左近の鍛え上げた筋肉は固いが、そこに的確にコリを見つけては揉みほぐしていく綾女。肩や腕、首、足まで1時間かけてマッサージをした。
左近はそのまま寝息を立てている。爽やかな風が左近の髪を揺らしていく。綾女は額の汗をぬぐい、左近にバスタオルをかけてあげた。
掃除機を使わずに軽く掃除をし、シャワーに入る。
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