高校生になって初めての週末は、お花見日和だった。
朝早くに目が覚めた綾女は、散歩に出ようとした。
庭先で左近が竹刀を振っている。額には汗が光り、袖を捲り上げた二の腕の筋肉が盛り上がり、綾女は見ていてドキドキした。
「ふう」
タオルで汗を拭いている左近に、おずおずと声をかけてみた。
「お・・おはようございます」
チラッと見る左近。
「おはようございます」
低く甘い声。初めて聞く左近の声。
「いつも素振りをしているんですか?」
「日課だ」
もう一度汗を拭きあげて、左近は正面から私を見た。
「まだ6時前だが、ずいぶんと早いな」
「早くに目が覚めちゃって。桜が見頃だと聞いたから、散歩してみようと思ったんです」
「行き方わかるか」
「あ、地図がありますから」
左近は私が持っていたポケットサイズの地図を見てくすっと笑った。その笑顔が本当に優しくて、私はますます胸が高鳴ってしまった。
「俺も行こうと思っていたところだから、一緒に行かないか。地図は置いていけ」
大通りといっても、週末のこの時間は車どころか人も少ない。私がキョロキョロするのを付き合うように、左近はゆっくりと歩を合わせてくれていた。
「ここがセミナリヨだったのね。桜の木が大きくて、公園が暗く見える」
足元の玉砂利を踏んで奥まで行くと、近江風土記の丘が見えた。足元には石垣と水がある。
「もしかして、外堀の水かしら・・」
交差点を渡り、住宅街を抜ける。
「こっちだ」
左近の声に右を向くと、草木に覆われた山と石段が見えた。
「あれが安土城址だ」
おかえり・・
誰かの優しい声が聞こえたような気がした。
- 現代版
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