「・・やめ。綾女」
遠くから左近の声が聞こえて、私はぼんやりしていたことに気がついた。
「あ、呼んでた?え?」
私は石段の前で座り込んでおり、左近が後ろから体を支えていた。
「いきなり座り込むからびっくりしたぞ」
「ごめんなさい」
左近の手を借りて立ち上がり、申し訳なさそうに上目遣いで左近を見ると、そこには少し頬を赤くした左近がそっぽを向いていた。
「ここの桜もきれい・・山の中にも咲いているのかしら」
「山麓だけだ。あっちの丘は宴会でいつも盛り上がる場所だ」
「ふーん」
桜を見ながらゆっくり大手門まで進む。
「菜の花もきれいね」
「ああ」
「いつも見に来ているの?」
「ジョギングのついでに来ているだけだ」
左近がなんだかよそよそしく感じられて、私は気がついた。
「ごめんなさい、貴重な時間を使わせてしまって。練習中だったんでしょう?本当にごめんなさい。もう道もわかったし帰ることができるから、大丈夫だから」
「いいんだ」
左近は優しい声でとめた。
「俺も見たかったんだ。気にすることはない」
それから帰宅したのは1時間後だった。
「ずいぶん長い散歩だったな。迷ったんだろ」
「桜がすごくきれいでゆっくり見ていたのよ。兄さんも見てみるといいわ」
私はこっそりデジカメで撮った写真を眺めた。1枚だけ左近を写した。心がほんのり温かくなるのを感じていた。
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