綾女の突拍子もない申し出に、俺は驚いた。
「へ?助ける?何を?」
綾女は憂いを含んだ目で俺を見た。声をかけても、まともに目をあわせようとしない奴が、俺を見ている。
何で?
「家に、帰りたくない」
とたんにぽろぽろと涙がこぼれてきた。俺の前で綾女が泣きはじめる。いやだなぁ、俺が泣かせているみたいじゃないか。
「おい、泣くなよ。訳を聞くからさ」
綾女は顔を伏せたままかすかに頷いた。
「今年の初めにね、母が家を出たの。父に愛想をつかして離婚したんだけど。それから父が乱暴になって、仕事も辞めて家でお酒ばかり。些細なことで私に当たるのよ。父が働かないから、私がアルバイトをしても、殆ど父がむしりとって酒代に使ってしまうの」
「うん・・」
「今日アルバイトに来る前にも当たられて、私、気づいたら包丁を持っていたの。だからもうあの家には帰れない。帰ったら父に何をしでかすかわからないもの・・・」
「そうか・・」
あまりにも重い話に、俺は聞くんじゃなかったと後悔し始めていた。
「でも、何で俺に話したの?」
「あなたなら聞いてくれると思ったんだけど・・でもやっぱり迷惑だったね、ごめんね。忘れて」
俺の雰囲気を敏感に察して、綾女はその場を離れた。
いいのか?
もうひとりの自分が俺に問いかける。一瞬でも勇気を出して俺を見た綾女。
「くそっ」
悪態をついて俺は綾女を追った。とぼとぼと背を丸めて歩いている。
「おい、待てよ」
俺の手が綾女の腕に当たると、綾女は苦痛の表情をした。
「ごめん・・ぶつけたところに、今手が当たったから・・」
ぶつけたところ?
俺はさっきの”当たられた”ことを思い出し、考える間もなく綾女の袖をまくった。
「やめて!」
悲痛な声で抗うが、俺は見てしまった。赤黒く変色した皮膚。ただぶつけただけではこうはならないだろう。おそらく、このような傷はあちこちにあるんだろう。俺はゆっくり袖を戻した。
「ちょっと待ってくれ」
俺は父親に電話し、綾女を家に連れて行った。
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