左近は道場に出かけた。なまっていた体を動かそうと思った。
そこには高久がおり、木刀を振っていた。綾女と同じような太刀筋。やはり香澄の人間だ。
「そこにおられるのは、左近殿ですか」
「高久殿。邪魔をしてしまったようですな」
「いえ、少し休もうと思っていたところですから」
高久は手ぬぐいを出し、汗が流れる顔を拭いた。
「やはり綾女と太刀筋が似ていますね。里が同じだと似るものなのですね」
「ああ、そうかもしれません。里にいた頃でさえ、綾女の太刀にかなう男は数少ないものでした。今ではもっと上達しているのでしょう」
「確かに・・。あいつの剣は怖いですね。いきなり懐に入ってきて喉を掻き切られるような恐ろしさがある」
左近は木刀を手に取った。初めて綾女に会って剣を交わしたとき、背筋がぞっとしたものだった。
「失礼だが、綾女とはどのような・・?」
「許婚ですよ。いや、許婚だったというほうが正しいのか。もう何年も前の話です。香澄の里が襲われた日は、綾女との祝言の前日でした」
「そうか・・」
左近は木刀を振るった。高久は黙って左近の動きを見ていた。鋭い、氷のような刃が見えるようだった。妖刀の使い手ならではの非情さもあった。
「さすがですね」
高久が声をかける。息も上がらず涼やかな顔の左近が振り返った。
「いや、長く寝ていたのでずいぶん体がなまってしまいましたよ」
言葉とは裏腹に冴えわたる太刀。汗をかいていないので、本気になったらどのような剣になるのか、恐ろしくも思った。
「左近殿は、綾女のことをどう思っておられる」
左近はじっと高久を見つめた。
「もしこれという感情もなければ、私は綾女を娶るつもりです」
「感情があったらどうする」
「それでも俺の気持ちは変わらない」
「好きにすればいい」
左近は背を向けた。
「聞いたことに答えていないぞ」
怒気が含まれた高久の声が、左近の背に浴びせられた。
「俺は、あいつが好きだ」
そのまま道場を出て行った。
- HIT記念
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