夕暮れの道をひとり歩く。
行き先はどことも決まっていない。
風が吹いた。
「久しぶりだな」
風に答える綾女。ふと懐かしげに目が細くなった。
「行き先はまだ決めていないさ・・。ただ、この先に見事な桜があると聞いたので見てみようと思ってな」
綾女が進む先に、桜が見えてきた。
大きなうろのある桜。
「いるな・・」
綾女は腰に差してある妖刀に手を伸ばした。
妖魔は妖刀の光に呑まれていき、その存在を消した。
桜の花びらが綾女を覆う。
赤く染まった地面に綾女は横たわり、桜を見上げていた。
・・大丈夫だ、左近。いつかはこうなると覚悟してきた。
・・綾女。もういいだろう。
左近の姿が綾女の瞳に映る。
・・左近。懐かしいな。そんな悲しい顔をするな。私は大丈夫だから。
綾女の体から鮮血が流れ、桜の木に吸い込まれていく。そのせいか、桜は美しく仄かに咲きそむる。桜は死人の血を吸い、その色が桜の色になるのだと綾女は幼い頃に聞いたことを思い出していた。
・・綾女。もうゆっくり休め。十分に戦ってきたのだから。
・・ありがとう、左近。風になったお前と話をするのも楽しかったぞ。
・・疲れただろう。
・・ふふ、そうでもない。でも不思議だな。今はとても安らかな気持ちだ。お前がそばにいるからだろうか。
綾女の瞳に左近がはっきりと映り、手を差し伸べてきた。綾女は体が暖かく、左近に抱きしめられているような感覚になっていた。
・・左近、暖かいな。今になってから気づくとはな。
綾女の顔が優しく微笑み、ゆっくりとそのまぶたを閉じる。桜が泣き叫ぶように揺れ、おびただしい花びらを散らした。そしてその桜は一夜で散った。
後には錆びた小刀が残っているだけだった。
- あの時代
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綾女の血を吸い更に鮮やかに咲き、死と共に散った桜。儚い生き方が綾女と重なります。桜も彼女もやっと楽になれたのでしょうね..
本編、久遠の章から続く設定です。
綾女はきっとそんなに長く生きず、このような形で人生に幕を下ろしたんでしょう。
せめて桜が見守る中、綾女には夢を見させてあげたくてこのような形にしました。