綾女は急に体温が上がるのを感じた。左近の手は肩から綾女を抱きしめるように前に回った。自然、左近の身体が背中に密着する。
「戯れは・・よせ」
そう言うのが精一杯だった。だが左近は無視し、その体勢を崩さなかった。
「戯れではない。俺はお前を・・」
そのあとの左近の言葉は、綾女の髪に埋められた。綾女の動悸が早まる。髪をかき分け、現れたうなじに左近はひとつ口付けた。
「や・・」
背中の痛みを感じつつも、綾女は本能的に左近から逃れようとした。そんな綾女を左近は解放した。
「ではまた、明日」
左近の声はどことなくからかうような余韻があった。綾女が振り返りつつも睨みつける間に左近は姿を消していた。
綾女はうなじと肩に手を置く。左近が触れていた場所。
「男と女として・・?できるわけがない」
今までも同じ影忍としてともにいる、それだけの関係だったはずだ。安土の月の下での言葉も、死を目前に控えた者が言う世迷言であったはずだ。
無意識に唇に手が触れる。綾女は我に返るが、少し乾いた、熱い口付けは忘れることができなかった。望めば、また同じ唇が重ねられるのに。
「私は・・何を・・」
揺れる気持ちに綾女は翻弄されていた。
- あの時代
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