春うらら。
朝日が射し込むベッドで、綾女は寝返りを打った。
胸元には”左近人形”。
可愛い寝顔で何ごとか呟く。
目覚ましが鳴る。
「うーん」
眠そうに大きく伸びをして、綾女はパチッと目を開けた。
そして胸元の人形に軽くキスをする。
「おはよ、左近」
綾女の部屋は左近だらけだ。
お気に入りのポスターは壁のほぼ全面を占めている。
そう、左近は今をときめくサックス奏者。
茶色いロングヘアにもっさりヒゲ、そして素肌に革ジャン、レイバンのサングラスといういでたちが綾女のツボをついた。
「もっさりおじさんじゃん」
友達はからかうが、綾女はその渋さが好きだった。
今日で高校生もおしまい。
最後に袖を通す制服。もう着ることはない。
何となくしんみりした気分で、綾女は学校に向かった。
「おはよう、綾女」
肩を叩かれ、振り向くと友達の桔梗と佳代がいた。
「おはよう。とうとう卒業だね」
「そうだね・・」
3人ともため息をつき、講堂に入っていった。
綾女は答辞を言うため、最前列に座った。
式が始まる。卒業証書の授与が終わると、例の校長の長い挨拶。そして在校生の送辞、卒業生の答辞。そして校歌・・・。
ふっと真っ暗になった。ステージからサックスの音が鳴り響く。深く滑らかに校歌のメロディーが響き渡る。
「この音色、まさか・・」
綾女は心が波立った。
徐々に明かりが戻ってくると、綾女の目の前(といってもステージの上だが)にサックスを吹く左近がいた。
「左近だ・・」
講堂中がざわめいた。女生徒の黄色い声も飛び交う。綾女は驚きのあまり、左近をじっと見つめたまま動けなかった。
「卒業、おめでとう」
吹き終わった左近は甘い声で短く祝辞を述べると、ステージから軽く飛び降りた。いきなり綾女の正面に立つ左近。優しく綾女を見つめ、講堂から去っていった。
- 現代版
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