2時間の時が過ぎ、二人は白川郷を出た。綾女は格段に色気が増していたが、少しよたよたしていた。
まわりの男どもが綾女を見る。
「ねぇ、私の歩き方って変?見られている気がするの」
「いや、変じゃない。荷物を持つよ」
「大丈夫だよ?」
左近は黙ってひょいと綾女の荷物を持った。
「ありがとう。左近大好き」
左近は嬉しかったが照れ隠しにそっぽを向いた。
バスに乗ると40~50分で高山に着く。綾女はウトウトしていた。
昨日と今日の出来事が夢のようだった。今隣に座っている人が将来を約束した人になるかもしれない。
「あ、蓬莱洞」
左近のつぶやきに綾女は景色を見た。懐かしい場所。左近の手がきゅっと綾女の手を握ってきた。綾女も握り返し、再び目を閉じた。
「着いたよ、綾女」
「んー」
バスは高山に着いていた。左近が綾女の荷物も下ろしてくれた。
「今度からテントは俺だけ持っていけばいいな。重いから」
「いや、でも万が一ってこともあるじゃない。私も持っていくから」
「そうか?使わないと思うぞ」
別れ際まで左近は綾女の荷物を持っていてくれた。
左近は富山で乗り換えて金沢。綾女は高速バスで松本へ。
「また会いたい」
「私もよ。また近いうちに」
電話番号も交換し、もう一度抱き合って別れた。
「ただいまー」
「綾女?お帰り。山に行っていたの?」
「雪乃さん。わぁ、びっくりした」
年の離れた兄のお嫁さんの雪乃は、綾女より8歳年上だった。下の子が小学生になり、空いた時間に一人暮らしの綾女のところで何くれと世話をしてくれる。
「今仕事大変なんじゃないの?」
「8月はまだいいんだけど、9月になったらまた忙しくなる」
「そうかー。私も役員とかあるしねぇ、あの人1か月海外で単身赴任になるのよ。その準備もしなきゃ」
「忙しいねぇ」
荷ほどきをしながら綾女が答える。ザックやテントなど洗って干してしまわなければならない。靴も汚れを落とし、ストック、調理器具もきちんと洗う。
次はお風呂と洗濯。脱衣室の外から雪乃が声をかける。
「綾女、私もう帰るからね。ご飯はタッパーに入れて冷蔵庫にしまってあるからあっためて食べなさい」
「ありがとう」
服を脱ぎ、洗面台の鏡を見る。胸元の赤い印。左近が何度も口づけた場所。そこにそっと手を当てる。下着を脱ぐとそこにも左近の証がついていた。おなかの痛みはもうない。お風呂で洗うと、とろりと内腿を伝ってきた。どれだけの量だったのか、綾女は顔を赤らめた。
洗濯を終え、干していたザックや靴などを取り込む。外は暗くなり、電気をつけた。スマホのランプが点滅していた。
左近からの着信だった。メッセージが残っている。
『さっき帰宅した。すぐにでも綾女に会いたいよ。来週も2連休だけど、綾女の都合はどうかな』
綾女は予定表を見た。定休日がないので、交代でお休みをとっている。次は土曜だけ休み。あとは仕事。
左近に電話をかけた。今度はあちらが出なくて綾女は伝言を残した。
『綾女です。電話ありがとう。来週は土曜だけお休みで、それ以降今月中は週末のお休みがないんです。9月はちょっと予定が見えなくて、今はまだわからないの』
電話を切ると、すぐにかかってきた。
「ああ、やっと話せた」
「左近、忙しいんじゃない?」
「いや、さっきまで荷物の片づけしていて、やっと終わって風呂入ってた」
左近の声にエコーがかかっている。
「もしかして、お風呂入りながら電話しているの?」
「想像に任せるよ。次の休み1日だけなのか」
「そうなの。うち、定休日がないから、交代でお休みなのよ」
しばらく間が空いた。
「俺、車で行くよ。綾女のところ。住所教えて」
「遠いよ?」
「3~4時間でしょ、明け方に出て綾女と過ごして、夕方には帰るよ」
「大変だよ…往復で8時間の運転なんて」
「じゃあ泊まっていいか。綾女は仕事だけど、鍵を置いて行ってくれたらポストに入れておくよ。じゃあ、あとで住所メールしといて」
「うん…分かった」
「じゃな、俺のぼせそうだから電話切る」
チュッとキスする音が聞こえて電話は切れた。
綾女は仕方ないなぁ、と笑って、住所をメールした。
左近はのぼせそうになって冷水を浴びていた。
「あーやばかった。来週は久しぶりのロングドライブだな。隣に綾女が乗ってくれたらもっと嬉しいんだが、仕方ないな」
綾女からメールが届き、地図を広げてルートを確認していた。
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