左近、安土に出張中。
6月に入り、だいぶ汗ばむ陽気になってきた。
左近は屈んでいた体を伸ばし、天をあおいだ。この場所で綾女に出会い、告白し、永遠の愛を誓った。
「いつ来ても、初心に帰る場所だな」
左近は呟いた。
出張前夜は綾女を抱きしめて眠った。綾女の髪から甘い香りが漂っていた。出かけるときに綾女と溶けるような口付けを交わしてきた。
朝晩、短いが必ずメールが届いた。現場に出る左近と、講義に出る綾女はなかなか電話で話す機会はなかった。
週に1回程度、話をすることができる。いつも優しい声で綾女は左近のことを心配している。暑さに負けていないか、水分はとっているか、食欲はあるか。左近はいちいち大丈夫だと答えていた。
そんな時、大きい発見があった。そのため左近の出張が長引いた。
「ふう」
パソコンの入力が終わり、左近は一息ついた。
「まったく、厄介なものを見つけたもんだ」
龍馬がモニターを覗き込む。龍馬も当然出張が長引き、愛妻の佳代に会えないでいた。厄介な代物というのは、巨大な足跡であった。黒の魔神が暴れた跡。
「これ、どうやって説明するんだ?黒の魔神て言ったって誰も信じないぞ」
左近が疲れた顔を龍馬に向けた。
「いかにも推測してもっともらしい注釈を考えなきゃならんな」
龍馬は腕組みをして考え込んだ。
左近は気分転換をするために外に出た。綾女からメールが届いた。
”左近、元気?私は今日で19歳になったよ。あと少しで左近に追いつくから待っていてね。おやすみなさい”
左近は慌てて綾女に電話をかけた。
「左近?どうしたの?」
「遅くなってごめん。誕生日に間に合わなかったな」
「大きな発見があったんでしょう?大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「それならいいのよ」
綾女はいつも優しい。自分のことより左近のことを気にかけている。
「綾女」
「うん?」
「誕生日、おめでとう」
「うん、ありがとう。左近に言ってもらえて嬉しい」
「帰ったらプレゼントを贈るよ」
「左近が元気に帰ってきてくれれば、それでいいの。それが私にはプレゼントなの」
「欲がないな」
「ううん、私欲張りよ」
「どうして?」
綾女は少し口ごもった。
「私ね、左近ともっと一緒にいたいって思うから」
左近は体の芯が熱くなった。
「俺も。綾女ともっと一緒にいたいよ」
言葉にならない声が綾女から漏れた。
「ありがとう。嬉しかった。左近の帰りを待ってる」
「ああ、俺も待ち遠しいよ」
電話を切って、左近は部屋に戻った。早く終わらせて帰りたい。いっそう仕事に打ち込んでいった。
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