それからの綾女は、平日でも少しずつ家事をしたり、時間をうまく使って週末1日は空けられるようにした。もしも左近から連絡があったら付き合えるように…。そう心がけると左近も融通をつけるようになった。
『次の日曜に会えるかな』
左近からのメッセージ。綾女は嬉しくなった。
『大丈夫です』
『安土に新しく喫茶店ができたから、そこに行ってみよう』
『楽しみ』
日曜日。スーパーの入り口で待ち合わせる。今までならそのまま買い物をして、帰宅して作り置きをしていた。今は早く起きて分散して家事をこなし、こうして時間が作れている。
「あ」
既に左近が待っていた。背が高く格好いい。綾女を見つけると笑った。綾女はつられて手を振る。その様がかわいくて、左近も照れながら手を振った。
「お待たせ」
「俺も今来た」
「今日も車?」
「いや、歩いてきたよ。行こうか」
「うん」
並んで歩き出す。時々目を合わせ、微笑む。左近の手が綾女の手に触れ、優しく包み込んだ。
喫茶店に着く。隣に小さなスタジオがある。綾女の写真がパネルになって飾られていた。
「やっぱり綾女はきれいだな」
左近が感嘆の声を出した。綾女も見とれていた。
喫茶店に入ると、コーヒーのいい香りが包み込む。カウンターにいた女性が振り向く。
「あら、あなた…」
「桔梗さん」
「いらっしゃい」
大男と若い女性が現れた。
「兄さん、佳代さん、この方よ。あまりにもきれいで、写真を撮らせてもらったの」
「あの写真の方ね。本当にきれい…」
一同が綾女に注目する。
「はじめまして。香澄綾女といいます」
照れで頬を染めながら挨拶をする。可愛らしくて、左近は綾女を軽く抱き寄せた。綾女は驚いた。
「木暮龍馬です。隣は妻の佳代、向こうは妹の桔梗」
紹介を済ませ、左近は綾女をテーブルに誘った。向かい合わせに座り、互いを見る。
手をつながれたり、抱き寄せられたり、綾女には初めてのことだった。中学や高校の時にも男子はいたが、異性として感じたことはない。それが左近に対しては違った。興味と憧れとが入り交じり、少なからず互いに好感を持っている。
「何を頼むの?」
考えにふける綾女に左近が声をかけた。はっとして慌ててメニューを見て、コーヒーを注文した。
「どうかした?あまり元気がないみたいだね」
「なんでもない、ちょっとまだ緊張しているみたい。あまりこういうことをしたことがないの」
少し困ったような照れたような表情の綾女に、左近はますます好感を持った。そして湧き出てくる独占欲。この笑顔は自分だけに向けてもらいたい。
コーヒーが運ばれてきた。
「わぁ、おいしい」
「うん」
少し緊張が解けた綾女。
「ところで、クリスマスは何か予定ある?」
「え、24日?うん、夕方までアルバイトが入っているの」
「そうか。夕ご飯を一緒にどうかな。俺ん家で」
初心な綾女でも分かった。これはたぶん、お泊りの誘い。お泊りということは、つまり…。
真っ赤になって固まってしまった。その様子を左近は手に取るように理解し、少し焦ったかと苦笑した。
「いや、あまり深く考えないで。今すぐの返事でなくても」
綾女は黙ってうなずいた。
左近に返事が来たのは、12月に入ってからだった。
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