「炎情」は、妖刀伝二次小説サイトです。 綾女と左近の、本編でのあの別れに納得できなくて、色々な妄想を膨らませ、ちりばめています。

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芽生え9

綾女の誕生日。二十代に入った。
「おめでとう。これでお酒が公然と飲めるな」
「あまり飲めないわよ」
「外でも飲めるということだ」

誕生日にプロポーズをし、その日のうちに入籍する。左近は時代のニーズに合い、ますます忙しくなるが、綾女との時間は最優先にしていた。
それでもすれ違いは生まれてしまう。
同居を始めた時に左近が言った、食事とお風呂と夜をともにする…。まずお風呂、次に食事が別々になる。同じベッドに寝ていてもタイミングが合わない。規則正しい生活の綾女に対し、左近は朝方にベッドに入り、昼過ぎに起きる生活リズムになっていた。綾女は何も言わないが、次第に表情が乏しくなり笑顔が消えた。
季節は夏。綾女は今年度中にできるだけ単位を取ろうと、夏休み中も大学に通いつめた。
「また学校か?家で勉強しないのか?」
「資料がないから」
目も合わせず綾女は家を出た。左近が追って来て、綾女の腕を取った。
「左近?」
「俺も行く」
「だって、寝ていないじゃない。せっかくの休みなんだから、体を休めて。自習室の時間に間に合わないから、行くわね」
左近の手を振り払うように、綾女は走った。自習室で勉強するのも、今日で最後。レポートは全て提出を終えた。あとは卒業論文の草稿を時期が来たら提出し、添削をしてもらったら清書して完了予定だ。
お昼前に自習室を出た。廊下の椅子に左近が腰掛け、手に本を持ったままうたた寝をしていた。
カクッと体が揺れ、左近が目を開けた。綾女に気がつく。
「終わったのか」
「どうしているの?」
「綾女と外を歩きたくて待っていたんだ。せっかくの夏なんだ」
綾女はクスッと笑った。
「やっぱり笑った顔が一番だな。寂しい思いをさせて悪かった」
左近が優しく綾女を抱きしめた。綾女は不意に涙が溢れてきた。
「ごめんなさい、私…」
左近は黙って綾女の肩を抱いていた。笑顔にも涙にも左近は弱かった。
少したって落ち着くと、ふたりは手を繋いで校舎を出た。真夏の陽射しが降り注ぐ。
「綾女は頑張り屋さんだな。あまり無理するなよ」
「大丈夫よ。できる時にできることをしているだけ。ありがとう」

月日が流れ、3月。綾女は大学を卒業し、起業した左近を手伝っている。
「卒業おめでとう」
「ありがとう。あっという間だったわ」
左近の書斎を整理しながら、綾女は思い出の本を手に取った。
「この本がすべての始まりだったのよね。手に取っていなければ、今の自分はいなかったのよ」
いつ読んでも、最期の別れの場面は涙ぐんでしまう。愛おしい人が先に逝く悲しみ。愛おしい人を置いていく辛さ。お互いに想い合っていることが分かったのが別れの瞬間だったとは、あまりにも酷な話だ。やはり生きていなければ、生きていてこそ思いをつなげられるのだ。
それ以上に綾女の中には悲しみがあった。一般論でいう悲しみとは別に、体験したような心に刺さる感情があった。
出会った頃に左近が言った、「ちょっとオカルトっぽい話」とは…。左近も同じような心の痛みがあるのかもしれない。
それはそれでよい。今現在、ふたりが一緒にいられるのだから。
綾女は少し微笑んで、本を戻した。

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