欠けた月が、元の姿に戻りつつあるそのとき、その人はそばにいた。
ひざまづき、俺を見下ろしている。
「左近」
ああ、お前の頬に触れたい。だがもう手が、体が動かないんだ。
綾女が懸命に涙をこらえているのがわかる。泣かせたくないのに。
先ほどまであった激痛が、なくなってきた。
もしかして、俺は死にかけているのか?
白いもやがかかるように、俺の意識は消えていくようだった・・・。
あれからどれくらいの時を経たことだろう。
妙なものだな、自分の死に場所にこうして佇んでいるなんて。
この場所で、綾女は俺を見送ったのだ。
どんな気持ちだっただろうか。安土を去ってからも妖魔を倒し続けていたのだろうな。
俺は、風になってお前を見ていたような気がする。
綾女、俺がこうしてここにいるのは、なぜだと思う?
あの時、俺がもう少しだけ生きていれば伝えられた思い。それをどうしても伝えたい。
だからここにいる。
こうして俺がここにいられるように、お前が今の世にもしいるのなら、今度こそ思いを伝えたい。
こうして安土山に登るのは何度目だろう。
まさかという思いを打ち消しきれない私・・ふと、苦笑してしまう。
登るたびに、捜している姿はない。
それなのにこうしてまた来てしまう。
どうして来てしまうのか・・。
私は足を止めた。
会いたいから。あの人に会いたいからこうして来てしまう。
あの人が亡くなった瞬間、私は自分の気持ちに気づいたのだ。
ふと顔を上げる。
息が止まるかと思った。
人の気配を感じて振り返ると、そこには会いたいと思い続けていた人がいた。
変わらぬ姿。
いくばくも離れていない距離なのに、体が動かない。
「左近?」
懐かしい声が震えている。その声で俺は体の束縛が取れた。
「綾女」
手が相手に触れられるほどの距離に近づき、お互いを見つめ合える。
手が触れ合い、左近は綾女をそっと抱き寄せた。
「会いたかった」
どちらからともなく囁かれる声。
綾女の背に回された左近の腕に力がこめられる。綾女は確かに左近の鼓動を聞いていた。
「ずっと伝えたかった」
左近の甘い声に綾女は顔をあげて左近を見つめ、輝くような笑顔を見せた。
「これも、さだめなのね」
「ああ、男と、女としての・・な」
この記事へのコメントはありません。