私は誰かを待っている。
ずっと遠くの誰かを待っている。
幼い頃からその気持ちはあった。
どこの誰だかはわからない。
けれど、会ったらすぐにわかりそう、その確信はなぜか強かった。
今年の6月15日は満月。天気も上々。
私は周囲には黙って、夜の安土山を訪れようと決めていた。
あの人が亡くなった場所。そこに行けば待つ人に会える気がしていた。
真っ暗で物音もしない山の中。
不思議と怖くなかった。
伸ばしていた黒髪をひとつに結い上げ、あの人が亡くなった場所に佇む。
誰も訪れる人のない山の中、時だけが私の上を流れていく。
やがて煌々と照らされる月が頭上高く登った。
「満月・・」
あの時の視線と重なる。ここにあの人は横たわって、月を見上げて、静かに逝った。不思議だ。どんどん思い出してくる。
「左近」
あの人の名も思い出した。そう、私は左近を待っているのだ。会いたい、とても会いたい。
切なさで胸が苦しくなる。愛おしさで息がつまりそうになる。
やがて月は傾き、ゆっくりと山々の木が浮かび上がってくる。
もう夜明けだった。
私は腕の力を抜いた。ひとりだけで夜を明かした。
夜露がしっとりと髪や体を湿らせていた。
待ち人は現れなかった。
そもそも、あの時代ともに過ごしたといっても相手が自分と同じように記憶を持っているのかもわからないし、存在しているのかも確認できていない。
それでも私の気持ちは曇りがなかった。
足取りも軽く、山を降りる。
私は颯爽と歩き続けた。
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