クランクイン。
オーディションで選ばれた綾女は緊張していた。
共演者の左近もオーディションで選ばれ、お互いに緊張していた。
「もっとリラックスしていいのよ」
ハードスケジュールをやりくりしている女優の佳代は優しく声をかけた。
破獄の章、鬼哭の章と撮り終え、今日から炎情の章に入る。
撮影も3年目、だいぶ綾女も慣れてきた。
だがこの炎情の章は、綾女にとって大関門がある。
「ああ、どうしよー!」
左近とは共演ということもあり、気が合っている。もちろん役作りもあって、撮影時の左近は綾女への恋慕を覗かせている。しかもこの頃は撮影時でなくても熱い眼差しを綾女に向ける。
そんな左近に綾女はドキドキしていた。
台本を読んで目が釘付けになった。
「キスシーン…あるの?」
もちろん綾女は経験がない。撮影日が来るのを恐れていた。
だが撮影は待ってくれない。
「綾女ちゃん、今日は鳳来洞のシーンだからね」
監督に言われ、一瞬固まった。
「綾女、大丈夫だよ。さっと終わるから」
左近が肩をたたいて元気付けてくれる。いつもの左近だ。
「うん、よろしくね」
やっと綾女が笑った。
左近は3日間ヒゲを剃っていない。いい男がむさくるしい。
「さだめ?さだめか。お主、本気でそう思っているのか」
わぁ〜〜、始まっちゃったよ〜〜。
無難に台詞は言えたけど、左近が近づいてくる。
さっきまでの爽やかな左近ではなく、男の色気たっぷりの左近。
うわっ
思わず目をつぶってしまったら当然NGが出た。
「ダメダメー。綾女は不意打ちを食らうんだよ。目は開けておいて」
「は、はい、すみません」
2回目。
しっかり目を開けて左近の唇が触れた。綾女はドキドキして固まったままだった。NG。
「コラッ、3つ頭の中で数えたら左近を張り飛ばさなきゃ」
「ごめんなさい」
「ちょっと休憩しよう」
綾女はまともに左近を見られなかった。
「大丈夫か?」
優しい言葉をかけてくれる左近。
「あ、もしかして初めてだった?」
綾女の顔が真っ赤になった。
「そうか・・。でも演技でも同じような状況だよな」
「うん、そうだね」
「要はさ、綾女は俺のことをまるっきり意識していないんだよ。それがいきなりキスされて、つい恥じらってしまう。急に意識しはじめるんだ」
綾女は左近を見つめていた。
「そうだね・・やってみる」
休憩後、再びキスシーンへ。
「あ・・・」
左近の唇が重なる。さっきよりも熱い。綾女は左近を叩いた。小気味いい音が響く。
「な、何を・・・」
恥じらいを覆い隠すかのように自分の体を抱き、左近を睨みつける。
「血迷ったか、左近!」
左近はふっと笑い、台詞が続く。綾女は鳳来洞を出て行く。
「はいカット、OKだよ」
綾女の顔がぱぁっと明るくなった。
「ありがとうございますっ」
そして左近のもとに駆け寄った。
「左近、ごめん、思い切り叩いちゃった」
「平気平気、OKでてよかったな」
「うん、ありがとう」
無邪気な綾女に左近は微笑んだ。
撮影は進み、とうとう最終日。
本当のラスト、左近と綾女の心の通い合いと左近の臨終シーンだ。
「綾女、見ろ、月が、まん丸だぜ」
言われるままに空を見上げる綾女。月に照らされて美しい。
「静かだな」
「ああ、静かだ・・・」
気配を感じ、左近を見下ろす綾女。すでに息絶えている左近。だがその顔は微笑が浮かんでいる。
「左近…左近」
嗚咽を漏らす綾女。
あまりの愛情がこもった演技に、しばし監督も見とれていた。
「・・あ、カット」
綾女の涙は止まらなかった。目を開け、綾女を見つめる左近。やがてゆっくり体を起こして綾女を抱きしめた。よしよし、というように背中を撫でる。
「左近」
泣き濡れた瞳で綾女は左近を見つめた。左近は演技ではなく、本気で綾女の唇を奪った。ふたりの雰囲気に誰も声をかけることができず、やがて綾女が気づいた。
「あっ・・!」
これ以上ないくらい真っ赤になる。
「クランクアップ、だよ。3年間、お疲れさんだったね」
監督が声をかけた。綾女と左近は花束をもらい、そして撮影は終わった。
それからふたりはどの撮影に顔を出すこともなく、「妖刀伝」限定のActorとなった。ひっそりと現場を去り、風の噂では結婚したとかしないとか。
- あの時代
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22222HITおめでとうございます!!
お祝いの言葉が遅くなりごめんなさい。
最近帰宅が遅いせいか、夜中にやっとPCを開ける生活が続いていまして..
紅梅様がHIT踏まれたのですね^^ 半月で7000以上訪れておられるとは、本当にすごいです。それだけ魅力溢れる世界を創られている証拠ですね。これからも楽しみにしております。
ところで、今回も有難いことに、リクエストを受付して下さってます。どんなお話をお願いしようか、想像を膨らませていますが、お話を考えるって本当に難しいことだと改めて実感しています^^;
1年考えても私は綾と左近が俳優で、妖刀伝を演じるなんて発想は出てきません。紅梅様の豊富な知識や経験がお話を紡いでるのでしょうね。万葉集なども読まれていたそうで、私も本読まなきゃって思いました^^
またコメントが長く長くなってしまいました・・ ++;
それではおやすみなさい。
★かおり様★
ありがとうございます。
お仕事、大変そうですね。遅くまでお疲れ様です。身体に気をつけてくださいね。
リクエスト受け付けます、なんて私も書いていますが、どんなお話が来るのかドキドキしています。希望に添えるものが書けたかどうか、コメントをいただけるまで不安なんですよ。
まだまだ私も勉強不足です。
こんにちわ、おりぼんです。
この話、いいですねぇ・・・アニパロ(2次創作)でこういうのは、思いつきませんでした!
すごいです、紅梅さま!
「妖刀伝限定のActor」というところも、素敵ですね!
こちらであれこれ読んでいると、自分に文才が欲しいと思うようになりました・・・紅梅さま、すごいですぅ。
あと、紅梅さまにリクエストをするネタも欲しいです(笑
どうしても、思いつかない(汗
★おりぼん様★
こんばんは。
あちこちサイトをめぐっていてヒントをもらったり、テレビを見て思い浮かんだり、音楽を聴いてイメージが浮かんだりと、インスピレーションで書いていることが多いですよ。最近はさぼり気味だった新聞もしっかり読むようになりました。
受験や学生時代に論文を書いていたので、その頃に培われたものだと思います。(まだこんなレベルですが)
リクエストは純粋に「これ書いて」でいいですよ~。お待ちしています。