その1、葉隠れの里
「どうだ、一緒に汗を流しながら話さないか」
龍馬が風呂に誘っている。
もちろん、龍馬は綾女が女性であることを知らない。
「わ、私は、風に吹かれてまいります」
綾女は冗談じゃないというように足を止め、踵を返そうとした。
「付き合いが悪いぞ、綾之介。こんなに汗臭いじゃないか」
デリカシーのない言葉を左近がよこす。綾女はムッとした。
「うるさいな、ひとりでゆっくり入りたいだけだ」
「そんな贅沢を言うな。俺たちは客人だから、里の皆が入れないじゃないか。さっさと済ませるのが礼儀というものだぞ」
口論をしている間に龍馬はゆったりと入ってきていた。
「何だ、まだ話していたのか。いい湯だったぞ」
結局入れずじまい…。
夜遅く、綾女は誰もいないのを見計らって湯に入った。
「何だ、綾之介か」
湯気の向こうに左近がいた。それはそれは綾女は驚いた。
「何だいたのか、驚かせるな」
「誰かのせいで入れなかったからさ。ひとりでゆっくり入っていたが、人が来たから気配を消した」
「わざわざ消すこともなかろう」
風で湯気が流れる。肌が触れ合うような近さで見つめあった。綾女はあわてて身をすくませ、左近に背を向ける。その背に左近の視線が注がれた。
「さて、と」
ざばっと湯から上がる左近。腰のあたりまでその鍛えられた体が見えている。綾女は真っ赤になって目をそらした。
「お前ものぼせないうちに出ろ」
あとには綾女ひとり。
大きなため息をついた。
その2、蓬莱洞
「定め?定めか。お主が女を捨てたというのも定めなのか」
顔を上げる綾女。その顔に左近は近づき、キス。味わうようなまったりとしたキス。
綾女が振りあげた手を左近はつかんだ。
「そうだ、そこだ、押し倒すんだ」
視聴者の声が聞こえたのか、左近の力が緩み、その隙に綾女は去って行った。
季節は移り、同じ場所。
「ふがいない奴だのう」
良庵に言われ、ムッとする左近。ぼさぼさの髪、伸び放題の髭。
「なぜあの時思いを遂げなかった」
「あの時の声…御坊だったのか。余計なことをしてくれた」
「いや、彼女もその気になっておったのを、お主の押しが甘いせいで逃げられただけのはず。それを八つ当たりするとは、お主もまだまだじゃの」
左近の心に傷が入った。
「そんなだから、いつまでもこんなところに引きこもっているんじゃろ。いつまでたっても妖刀は覚醒せんぞ」
左近の心の傷が広がった。
その3、安土
心も体も傷ついた左近。
あるのは綾女への思いのみ。
綾女の顔が心なしか優しく見える。
綾女の耳元で誰かが囁く。
・・・・・・・・って、言ってごらん。左近は必ず戻るから。
綾女は顔を真っ赤にして拒否していたが、目の前で左近はどんどん生気を失っていく。
綾女は涙を流した。左近の手がそっと綾女の頬に触れる。
「泣くなよ、綾女…。俺はお前を守れた。それだけでいい」
綾女は両手で頬に触れている左近の手を包んだ。
左近がかすかに笑い、天を見上げた。
もう、逝ってしまうよ。早く・・・・・って言ってごらん。
再度綾女に、今度は必死な声で誰かが囁きかける。
綾女は覚悟を決めた。言うは一時の恥、言わぬは一生の後悔。
「左近、私、あなたの赤ちゃんが欲しい」
一瞬、空気が止まった。
左近の顔に生気が満ち満ちていく。触れている手からも左近の躍動が伝わってきた。
続きは…また後日談にしておきます。
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