安土山に明かりが灯る。
全山真昼のように明るい。
「殿はまた、何を始めたのですか」
呆れた帰蝶が信長をちらりと見る。意に介さないという態度で、信長は天主から山を見下ろしていた。
「いくら誕生日だからといって、あれこれと命じては、皆がかわいそうですわ」
信長は、お、と言うように帰蝶を見た。
「知っていたのか、俺の誕生日を」
「ええ。今日で49歳でしたわね」
「そなた・・」
帰蝶の優しい眼差しが信長には嬉しかった。
「西洋には誕生日を祝うという風習があるようですね。こちらでは皆、一様に正月を迎えると年をとることが不思議でなりませんでしたわ。毎日、どこかで子が生まれているのに」
ふと眼差しが揺れた。冷徹なほど合理的に物事を進める信長にとって、子を持たぬ女性の悩みなどわかるはずもない。だが不思議と帰蝶に対してだけは暗い表情をさせたくはなかった。帰蝶も信長が情に溢れる優しさも持ち合わせていることはわかっていた。
「ですから、私からお祝いの品です。召し上がって」
可愛らしいチョコレートケーキが皿に乗り、フォークが添えられている。
「これは?」
帰蝶の目が嬉しそうに輝いたのを見て、信長は失言に気がついた。こういう甘いものを作るのが好きな帰蝶は、何かしら作ってとにかく信長に食べさせたがる。そして延々と作り方を講義するのだ。
「チョコレートケーキです。バレンタインの時のチョコレートを粉状にして、カステラの生地に混ぜました。クリームにも入っていますのよ。チョコレートはいろいろと加工できて面白いですわ。どうです?さほど甘くもないでしょう?」
「う、うむ・・」
確かにビターな風味がしておいしい。気づくと皿はきれいになっていた。
「あら、嬉しいですわ。作った甲斐がありました・・」
信長の口についたクリームを懐紙で取る。信長はおとなしく拭かれていた。
「実はもう一品作ったのですが・・そちらは殿のお口には合いませんわね」
「何?」
特別扱いされていたわけじゃなかったのか?と信長のこめかみに青筋が浮かんだ。
「広間にありますケーキを初め作っていたのですが、試行錯誤した結果、たいそうなものに仕上がってしまいましたの。殿おひとりでは大変ですから、皆さんで召し上がっていただこうと思って」
恥ずかしそうにそっぽを向く帰蝶。広間に行くと、帰蝶が恥ずかしがったわけがひと目でわかった。
「果物を刻んでカステラの間に挟んでいったら、案外量が多くなってしまって。他に使える料理もないので使い切ろうとしたらこんなになってしまったのです」
畳ほどもあるかと思うような、巨大なケーキ。それも果物と生クリームがたっぷりと乗っている。まな板ほどのチョコレートの板には、「上様、祝生誕」と大きく書かれている。さらに49本の色とりどりのろうそく。
「お食事のあとに、ろうそくの火をつけますから、吹き消してくださいませね」
「点けてすぐ消すのか。なぜだ」
「儀式です」
帰蝶に言い切られ、反論できない。
案の定、家臣たちもその巨大なケーキを見て冷や汗を流した。ろうそくの火を一気に吹き消すとどこからともなく拍手が沸きあがった。
「さ、皆さんで召し上がって」
どんどん切り分けられ、家臣たちの皿に乗っていく。場内すべての者にケーキがいきわたった。
「・・・・」
無言。酒も甘いものも苦手な光秀などは、顔色が悪い。
「やっぱり・・甘すぎたのでしょうか」
信長は、食べなくて良かったと胸をなでおろした。その表情をすばやく読んだ帰蝶。その様子を察した藤吉郎は助け舟を出した。
「奥方様がお作りになられたのですか。かのような西洋の菓子、見るも食すも初めてでございます」
まぁ、と帰蝶の顔が明るくなる。
「今回は少し甘みが強かったかもしれませんが、カステラの生地から甘みを抜けば、クリームの甘さが引き立つと思いますの。でもこれから暑くなりますから、クリームがすぐ溶けてしまいますわね・・。秋になったらまた作ってみようと思っています」
それから帰蝶は水饅頭を作ったり葛餅を作っては信長に食べさせ、どんどん上達していった。
だが、その年の本能寺の変により、バースディケーキは、幻となってしまった。
- あの時代
- 20 view
この記事へのコメントはありません。