体が震える。
月を見ると、あのときのことが鮮明に思い出され、嗚咽が漏れる。
「左近」
呼べば応えてくれた風も、今はない。
「左近?誰?」
まどろんでいたと思っていた男が聞いてきた。
「昔、知っていた人よ」
「なんだよ、俺の前で男の話かよ」
そういう彼は、面差しが左近によく似ている。
「なぁに?ヤキモチ?」
くすっと笑い、からかってみる。男は覆いかぶさり、耳元で囁く。
「そうだよ。誰にも渡さない。綾女」
声がぞっとするほど左近に似ていて、思わず体が求めてしまう。
今ならはっきりと自分の想いを伝えられるのに。
彼の体を感じながら、涙がこぼれそうになる。
会いたい・・・左近。
のぼりつめて、意識を手放した。
気づけば月光のもと、一糸まとわぬ姿で倒れていた。
先ほどの彼は・・幻。
いつの間にか見るようになった幻は、常に左近であり、左近ではない。
その幻の中で、彼に抱かれる。
汗ばんだ肌を滝の水で洗い流しながら、左近を想う。
きっと、生きていたらきっと結ばれたかもしれない。
「もう、やめよう・・」
彼を想うには、もう辛すぎた。
安土の地を訪れる。
すでに草が生い茂り、人の手が入らない山。
左近が眠りについたその場所で、静かに横たわる。
まるで誰かに抱かれているような心地よさ。
「綾女、きてくれたんだな」
「ええ」
目を閉じたまま、左近の雰囲気を感じ取る。やがてそれは濃くなり、人肌となって触れてきた。
「夢、なのか?」
「かもしれぬ。だがこの夢は覚めぬ夢。綾女を迎えに来たのだから」
目を開けると、そこには愛しい左近がいた。
「会いたかった・・左近」
物の怪の類でもよい、ただ左近に触れたかった。
「俺もだ、綾女。お前が俺の幻を見るたびに、触れられぬ悔しさがあった」
左近の体の熱さが伝わってくる。お互いに溢れる思いを懸命に抑えつつ、唇を重ねあう。
「どんなにお前を想っていたか、わかるか?どんなに欲しかったかわかるか?」
切ない左近の声。痛いほどに体を抱きしめ、左近がゆっくりと愛撫を繰り返す。
「嬉しい・・左近。待っていたの・・」
腕をからませると、それが合図のように左近が体を繋げた。思わず反り返る体をしっかりと抱きしめられる。
「もう、夢じゃないのね、左近と共に、いられるのね」
「ああ、そうだ」
やがて左近の熱さを受け入れ、のぼりつめていくと同時に、意識は・・・そこで消えた。
月の光は、何ごともなかったかのように、その地を照らしているだけだった。
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